後編

ニューヨークでの経験を活かし、広い視野と人脈を持つ経営者に。

第146回放送

株式会社彦田 代表取締役社長

彦田勇哉さん

Profile

ひこた・ゆうや/石川県金沢市生まれ。2010年、一橋大学商学部経営学科を卒業。経営コンサルティングファーム2社を経て、2013年に金沢に戻り、『株式会社彦田』(創業は1946年。金沢市尾張町。美容材料卸し・販売)に入社。2019年に渡米し、ニューヨーク大学経営学修士課程を修了。2020年、『株式会社彦田』代表取締役社長に就任。

インタビュー前編はこちら

Tad 今回のゲストは、前回に引き続き、『株式会社彦田』代表取締役社長の彦田勇哉さんです。プロフィールによると、最初は経営コンサルティングのお仕事をされていたということですが、これは家業を意識してということではなく?
前職では、有名経営コンサルティングファームで活躍していた彦田社長。
彦田 うっすら意識はしていました。大学を卒業して就職活動をするときに一番考えていたのは、自分の将来の幅を狭めないような選択をしようということでした。何か特定の濃すぎる特徴をつけてしまうと、おそらくつぶしが効かなくなるなと思いましたので、なるべく幅は広げようと思って職探しはしていました。
Tad なるほど。
彦田 大学の時に、企業の戦略を分析するゼミに入っていまして、企業の財務数値を見ながら、その企業がどうしてその数値を出すに至ったのかというプロセスを追いかける研究をしていまして、そのときに企業のいろいろな戦略的な意思決定に非常に興味を持って、その辺をもっともっと深堀りしたいと思い、それを生業にしているコンサルティングファームに入社を決めました。
Tad すごく有名なところですよ。
原田 そうなんですか?
Tad 社名は言わなかったと思うんですけど選んで入れるようなところではないかもしれない。
原田 会社経営コンサルタントとしてのお仕事を多岐にわたってなさったわけですか?
彦田 2社で仕事をしたんですが、1社目の時には割と人事組織系の仕事をしました。具体的には、誰もが知っている銀行の、次のトップを決めるプロジェクトですとか…
原田 会社の命運を左右するような…
Tad そうですね。
彦田 取締役の方、全員に集まっていただいて、個々にインタビューをして、ディスカッションをしてるところを観察して、レポートを書く。その時、指名委員会という組織がありましたので、そこに報告をするという仕事ですとか、誰もが知っている有名経営者の方の給与を決める、つまり「給与をデザインする」仕事をしたこともあります。
原田 ええ!
彦田 あとはM&A絡みですね。十何社を企業統合することになり、その人事制度を1つにまとめるプロジェクトとか。割と経営に関わるような、その企業にとっては一大事と言えるようなタイミングで、その根幹に携われるような仕事を、機会をいただいてやっていました。
原田 Mitaniさんが先ほど、選んで入れる会社じゃないっておっしゃったんですが、いまお仕事の内容を聞いて納得いたしました(笑)。
Tad 壮大なスケール感ですよね。彦田さん自身も留学をされていますが、『株式会社彦田』に戻って、入社した後にも実はMBAの留学をされていますよね。創業家の人が会社に入ってきて、その後留学っていうのはあんまり聞かないケースですね。
彦田 おそらくそうでしょうね。金沢に帰ってきて5、6年仕事をしたタイミングで、前職の1社目の社長が金沢にたまたま遊びに来まして、食事をしたときに「そろそろ社長になるんじゃないのか」というふうに言われまして、「おそらく数年以内に社長になると思います」と話したところ、「社長になったらもう本業に集中しないといけないんだから、身動き取れなくなるぞ。留学するなら今のうちだぞ」と言われまして。その上司もオランダでMBAを取得している方だったんですけれども「最悪の場合、自分の母校に掛け合ってやるから、必死に勉強して受験しろ」というふうに強い説得を受けまして。わたしはその方にビジネスのいろはからすべて教わってきたんです。その方の言うことには常に「Just say yes」なので、ちょうどいいタイミングをいただきました。
原田 そうなんですね。実際にはニューヨーク大学へ行かれたわけですが、いかがでしたか?
彦田 ひとことでは語りつくせないところはありますけれども、非常に行ってよかったと思いました。それは自分を成長させるという意味でもそうですし、友人がたくさんできたこともありますし、世界が非常に狭く感じるようにもなりました。
原田 ニューヨークは、いわゆる流行の先端でもありますよね。そうすると美容関係でも世界のトップを行くような人たちもいらっしゃるんでしょうね。
彦田 そうですね。やはりニューヨークに行って思ったのは「世界はニューヨークから始まっているんだ」ということです。
Tad おぉ、すごい。
彦田 ニューヨークには世界中から夢を追いかけている人が集まってきていて、みなさん、ものすごいエネルギーを抱えて生活をしています。自分もそんななかにいるとやっぱりワクワクするんですよね。美容室をとっても、すごいところがたくさんあるわけですよ。たとえば、オーナーがカットすると料金が1,000ドル、今でいうと13万円くらいでしょうか、そのくらい取っている美容室とかもありましたし。
原田 すごい!
彦田 日本とは比べものにならないお金持ちがニューヨークにはいますので、そういう単価の高い美容室もありましたし、すごく内装がゴージャスなお城のような美容室とかもありました。その辺はすごく楽しかったですね。
Tad ファッションや美容のトレンド発信源の一つでもあるニューヨークでMBAの経営の勉強をされたわけですが、日本に帰ってこられて「その時に学んだことが今、活きてるな」と感じるようなエッセンスはありますか?
彦田 ニューヨークでMBAを取得しましたが、一般的なMBAとはかなり違っていて、「ファッション&ラグジュアリーMBA」という特殊なコースを取ったんです。そこで、ファッションビジネスとか、ラグジュアリービジネス、あとビューティービジネスに特化したプログラムを受けまして、ビューティービジネスに関しても、かなり勉強をしてきました。大学では、企業とタッグを組んで実際にプロジェクトを進めるカリキュラムがありました。「エスティ ローダー」という化粧品の会社がありますが、そこに3か月間入りまして、「M・A・C」という化粧品ブランドのチームに配属されて、「『M・A・C』のメイクアップ商品を、ラテン系の女の子たちにどうやったらもっと使ってもらえるのかをリサーチして、偉い人たちの前でプレゼンテーションしなさい」というようなプロジェクトがあったんです。その時に、そもそも「M・A・C」という商品はわたしにとってまったく馴染みのないものですし、ラテン系の女の子というとさらに馴染みのない人たちなわけです。そんな人たちにどうやってアプローチしていけばいいんだろうかとすごく四苦八苦しながらプロジェクトに取り組んでいました。それで、ラテン系の女の子たちを集めて「化粧品を選ぶときに、どうやって選んでますか?」みたいなヒアリングをしたことがあったんですよ。
原田 はい。
ニューヨーク大学留学時、『エスティ ローダー』にてコンサルプロジェクトに取り組む。
彦田 その時にすごくびっくりしたのは、彼女たちが「エコな商品を買う」って言ったんです。日本で最近、それこそSDGsだとか言ってサステナビリティを重視する商品が増えてきていますが、とはいえ、消費者が商品を選ぶときにはまだまだ馴染みが薄いような気がします。ですが、むこうの子たちはそれを非常に重視している。逆に僕はすごく気になって、「なんでそんなことを気にしてるんですか?」って聞いたら「なんで気にしないんですか?」と言われまして。
原田 逆に。
彦田 はい。それについて僕は何も言えなくて、非常に恥ずかしい思いをしたんです。むこうで、やはりサステナビリティというのは走りだな、というのは感じました。
日本に帰ってきて何が活きてるかというと、むこうで得たいろんな知識や経験がありとあらゆるところで役に立ってはいますが、一番活きてるのは……困ったときに、相談に乗ってくれる友人がたくさんできたことですかね。
Tad それはグローバルというかワールドワイドにいるっていう感じですか?
彦田 そうですね。今までコンサルティング会社で働いてきたので、わたしの周りにいる友人は、金融系、ファンド系、コンサル系と、非常に偏った世界の人たちが多くて。わたしがファッション系のMBAに進学したことによって、クラスメイトはみんなファッションとかビューティー、ラグジュアリービジネスで仕事をしている子たちなんですよね。ですから、そういう子たちと仲良くなれて、たとえば「ニューヨークは最近、ファッションのトレンドはどうなの?」いう話をフランクにできる友人がたくさんできたっていうのは非常に大きな財産になったと思ってます。
ニューヨーク大学の卒業式にて。留学経験は、貴重な人脈形成にもつながったそう。
原田 生きた情報が入ってくるっていうことですよね。
彦田 そうですね。
Tad 彦田さんがチョイスされるようなものだとか、発信されるトレンドの情報源の一つにはやっぱりそういうワールドワイドな…
彦田 そうですね、やっぱり常にニューヨークは何かと意識しちゃいますね。
原田 なるほど。日本に戻られて2020年に社長になられたわけですが、今、美容業界全体をいろいろご覧になって、こういう方向に進めていきたいというビジョンというのはお持ちでしょうか?
彦田 美容業界は非常に華やかでハッピーな業界だとは思いますけれども、一方で非常に古い商慣習が残ってるということも現実としてあります。そのあたりを少しずつ、最近はDXと言ったりもしますが、デジタルを活用した効率化に着手していきたいなと思っています。
Tad 古い商慣習というと具体的には?
彦田 美容室様からのお支払いは現金でいただいたり、注文にFAXを使っていたりといったことです。ほかの業界ではなかなか見ないような昔の商慣習が、今でも強く残ってる業界だなと思います。
Tad それをどんどんコンピュータとかスマートデバイスの上でやっていくと。
彦田 はい。デジタル化できるところはデジタル化して、紙をなくせるところはなくして。お互いに合理化したオペレーションができればいいなと思っています。
Tad それは美容室さんにとっても合理化につながるんですか?
彦田 そう思います。美容室様にもよりますが、いまだに紙の方が都合がいいわっていうお声もたくさんありますし、なかなか一概には言えないところではあります。しかしなるべく紙をなくしてデジタル化し、合理化できるところは合理化しようと。我々に対する発注作業や、我々に対するお支払いの作業っていうのは、基本的には美容室様にとって負荷ですから、その辺を簡単にして、本業であるお客様の髪をよりきれいにするという部分に、いっそう集中していただくことが大事なのかなと思っています。
Tad ちょっと不慣れで「わたしはコンピュータ、苦手だわ」っていう美容師さんにも、こっちの方がもしかしたらいいかもしれないと思ってもらえるような提案の仕方っていうのがあるのかもしれないですね。
彦田 そうですね、そう思っていただけるように、我々も四苦八苦しながら工夫しています。
Tad ほかに変えていくものというと、どういうポイントがありますか?
彦田 我々は今まで紙の請求書を発行していたんですが、毎月トータルで数千枚もの紙や請求書を印刷して、封筒に入れて、切手を貼って、発送するという作業をしていたんですけれども、そのあたりも電子化をして、紙を使わずに請求書をお送りできるような、クレジットカード会社みたいにWebで確認できるような仕組みを構築しようと思って準備をしているところです。
Tad なるほど。いわゆるデジタルトランスフォーメーションですよね。業務の電子化、効率化、ほかにもいろいろあると思うんですが、逆に「これは変えないでよ」って美容室さんやスタイリストさんから言われるようなことも、やっぱりあるんですか?
彦田 美容師さんというのは技術職で、みなさんの技術と感性が一番大事なものです。それを高めていくためのバックアップというのは絶対に変えちゃいけないと思っています。
Tad それは、具体的にはどういうことがありますか?
彦田 我々は年間100近くのセミナーを開いていますが、それに加えてコンテストもやっていまして、美容師さんが1年に1回、自分の技術と感性を競うための大会を開催しています。
全国から大勢の美容師たちが参加する「HIKOTA BEAUTY CONTEST」の様子。
コンテストでは、モデルカット、ウィッグカットなど、さまざまな部門で技術が競われる。
Tad それは、北陸の人たちが応募されるんですか?
彦田 北陸3県の方がメインですが、最近は関西や関東の方はもちろん、日本中からエントリーがあり、トータルでいうと千人くらいの方にご応募いただいております。観客の方も含めてですが、千人ほどの美容師さんに集まっていただいて大会をしています。いろんな部門があるんですが、たとえば、パーマのロットをきれいに巻くコンテストや、カットウィッグという首から上のマネキンみたいなのがあるんですけれど、それをクリエイティブにカットする部門、実際にモデルさんを連れてきていただいて、モデルさんをきれいにして競うコンテストとか。最近は写真の部門もありまして、美容師さんでわりと写真を撮られる方が多くて、非常にアバンギャルドな写真を撮ってくださってそれを競う部門も今は人気ですね。
原田 なるほど。もちろんお客さまに幸せになってもらうというのが一番だと思いますが、やはりそういうふうに客観的な評価をしてもらうことで、自分のスキルをもっとアップしたいというモチベーションになりますよね。
彦田 そうですね。美容師さんからは「自分の立ち位置がわかるので、コンテストというのは非常に大事なんだ」というお声をよくいただきます。美容師さんは普段仕事をしていると、自分の技術がほかの美容師さんに比べて優っているのか劣っているのかというところはなかなか見えないですし。大会に出てほかの美容師さんの技術を間近で見ることによって、自分の立ち位置というのが見えるのかなと思っています。
Tad そういうコンテストがあることや、彦田さんがいろんなトレンドをご紹介されたりすることによって、美容師さんたちの技術が上がって、利用者である我々はその恩恵を受けているってことですもんね。
彦田 そうですね。そうなれば非常にいいなと思って日々仕事をしています。我々の仕事が美容師さんの、美しい人をより美しくするための力につながって、それがひいては北陸の女性を美しくする、また男性をかっこよくすることにつながっていけば一番幸せだなと思っています。

ゲストが選んだ今回の一曲

Sugar Soul feat. Kenji

「Garden」

「高校の頃からDragon Ashが非常に好きで、ちょうど金沢にライブに来たことがあったんですよね。その時に高校の授業を抜け出してみんなでチケットの争奪戦に電話で参加して、ライブに行ったこともあるんですが、今も大好きな曲の1つです」(彦田)

トークを終えてAfter talk

Tad 今回はゲストに『株式会社彦田』代表取締役社長の彦田勇哉さんをお迎えしましたけれども、いかがでしたか、原田さん。
原田 彦田さんがニューヨークに留学されたことが、MBAの取得はもちろんなんですが、美容の最先端の生きた情報を得ることができる人とのつながりとか、世界を舞台に考える広い視野みたいなものを持ったりする上で本当に大きな経験だったんだなというのがよくわかりました。
Tad コンサルティング会社時代の先輩の方に「MBAを取りに行くなら今しかないぞ」と言われて、本当に行っちゃうというか本当に行けちゃうというのもすごいですが、その時はすでに『株式会社彦田』の経営陣の一員なわけですから、会社を変えなきゃとか、美容室の業務のデジタル化を進めなきゃとか、多分後ろ髪を引かれるような経営課題もいろいろ見えたはずで、家業の会社に入ってから留学というのはやはり普通はかなり躊躇するところかと思うんです。多分、当時の社員さんたちも結構びっくりされたんじゃないのかなと思います。
いま原田さんが言われたように、すごく視野の広がった経営者として帰ってこられて、異文化や、本当に突き抜けたセンスの方々にもたくさん出会われて、日本という文化やセンスの相対化が多分そこでなされたと思うんですよね。常識を疑えるようになったというかね。前回も言ってますが、彦田社長はわたしの小・中学校の後輩でもありますが、本当に尊敬しています。彦田社長の次の一手が何なのか、わたしも楽しみにしております。ありがとうございました。

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