前編
自分たちのまちを自分たち自身でつくろうとする高校生を全力でサポート。
第271回放送
石川県立輪島高等学校 校長
平野 敏さん

Profile
ひらの・さとし/1964年、石川県輪島市生まれ。輪島高等学校卒業後、金沢大学理学部化学科に進学。卒業後は町野高等学校、七尾高等学校、飯田高等学校勤務を経て、輪島高等学校教頭に就任し、2022年から現職。2023年10月に輪島高等学校創立100周年を迎える。
Tad | 今回は原田さんいち押しのゲストをお呼びしています。 |
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原田 | そうなんです。MROラジオの番組「あさ ダッシュ!」で2回ほど登場していただきました、石川県立輪島高等学校の平野敏校長です。 |
Tad | はるばる来ていただきました。こんにちは。 |
平野 | こんにちは。 |
原田 | 輪島高校では、いま生徒のみなさんたちが県外にも飛び出し、まちづくりに向けていろいろな取り組みをされているんです。そのお話をまだしっかり聞ききれていないので、ぜひこの番組でも存分に語っていただこうと思い、お呼びしました。 |
Tad | 先ほど、平野先生は僕のことを見かけたことがあるとおっしゃっていましたね。 |
平野 | そうなんです。アントレプレナーシップの発表会で審査員をなさっていたのを拝見しておりました。 |
Tad | ありがとうございます。会場にいらっしゃったんですね。高校生の起業家コンテストみたいな、すごく面白いプレゼン大会に能登の高校から生徒がたくさん集まりましたよね。僕は去年から審査員として参加させてもらっています。 |
平野 | あの、ひと言いいですか? |
Tad | もちろんです。 |
平野 | Mitaniさんが札束を生徒の前に持ってきて「いいプレゼンには出資する」ということを話されたんですが、あまり教育的によろしくないだろうということで……。 |
Tad |
教育長に止められまして(苦笑)。去年は「このプランだったら僕は50万円を出資したい」って話を真面目にしていたのが、今年はちょっと悪ノリして札束を持って行こうとしたら本当に止められて……悲しい思い出になりました(苦笑)。でも、今年もどのプレゼンもすごく面白かったです。 ところで、輪島高校というと、最近は能登の震災の文脈でご紹介されることが多いかとは思うんですが、今回はそもそも輪島高校ってどんな学校なのかというところを聞きたいと思います。ずばり、どんな高校なんでしょうか? |
平野 | 輪島市の中学生がほぼ全員来るような学校なので、よく世間で言われている学力による輪切りのようなものが全くなくて、まさに社会の縮図のような学校です。いろいろな生徒がいて楽しいですよ。 |
Tad | 教育や学校の方針としては、どういったことを掲げていらっしゃるんでしょうか。 |
平野 | 卒業式でもお話ししたんですが、卒業して輪島から進学などで出て行く生徒、あるいはそのまま地元で就職する生徒など、いろいろな生徒がいます。地元に残る生徒には、しっかり輪島のまちをつくっていこうなと、そして、進学してまちを出る生徒には、いろいろなことを学んで、そしていつか帰ってきて、あるいは帰ってこれなくてもいいけれど、いずれにしても地元のことをしっかり考えて、お互いに協力してまちづくりをしていこうなと話します。さらに国づくりにもみんなで取り組んでいこうなと。 |
Tad | 輪島に残る生徒、進学で輪島を出る生徒、それぞれの割合はどのくらいなんですか? |
平野 | そうですね、7~8割が進学で輪島を出ますね。 |
Tad | 2~3割の人が輪島に残ると。 |
平野 | もっと少ないかもしれません。残るのは1割ぐらいですかね。進学といってもほとんどは石川県内の大学や専門学校なんですが。 |
Tad |
自分も何年か前に石川県内の高校生たちを集めた課外授業のようなものをさせてもらって、1,000人ぐらいの前でしゃべったことがあったんですが、その時に当時の県知事が高校生たちに「石川県内で就職してほしい」とおっしゃったんです。「高校生のためのいしかわふるさとセミナー」というイベントだったんですが、僕はその時に全く相反するメッセージを学生たちに伝えました。むしろ、1回外に出てみないと、ここがふるさとにならないかもしれないから、外に出たかったら積極的に出ていいんだよって。知事からちょっとにらまれたんじゃないかなと思ってるんですけど(笑)。 輪島も当然、市外に学校や職場を求める卒業生が多いと思うんですが、みんな「自分は輪島の人間だ」っていう気持ちをどこかで持ち続けてくれているんですよね、きっと。 |
平野 | そうですね。ふるさとを愛する心というものを、とくにこの震災を通して強く感じるようになりました。 |
原田 | 輪島を出てみたからこそわかることももちろんあるでしょうし、今回、震災でいろいろなものが失われてしまって、あらためてやっぱり輪島がいいとか、輪島のこういうところを守りたいという思いが強くなったというところもあるのかもしれませんね。 |
平野 | そうですね。いままで何事もなく普通に暮らしていたこと自体が奇跡的なことなんだということにみんな気づきはじめています。だから、そのなかで自分はどうしたらいいんだろうかっていうことを、それぞれが考えていると思います。授業の様子を見ても、あるいは学校の集会とかそういった活動を見ても、食いついてくる姿勢というか、前のめりというか、みんな本当に積極的に物事を捉えるようになってきていますね。 |
原田 | そういえば平野先生は定期テストをなくされたんですよね。 |
Tad | 輪島高校には定期テストってないんですか? |
平野 | 中間テストはなくしました。 |
Tad | 自分も輪島高校に行きたかった(笑)。 |
原田 | どういう思いからそうなさったんですか? |
平野 | テストがあるから勉強したという生徒は、テストが終わった後は全く勉強しなくなってしまうんです。それじゃ意味がないので、日々の授業を大切にして、そのなかで自分にはどんな力がついているかということを確認しながら前に進んでいこうよ、という思いがあります。 |
Tad | なるほど。定期テストをなくしても学力は落ちないものなんですか? |
平野 | 学力については、まだ検証できてないです。だけど学習時間については、テストがあった頃は、終わった翌日からもうガタッと学習時間が減っていましたが、テストをなくしてから「学びウィーク」という授業とはまた別のいろいろな学び方を身につける取り組みをするようになりまして、その「学びウィーク」が終わった後は学習時間が延びているんです。学習時間を習慣づけるという点においては、テストをなくした効果はあると見ています。 |
Tad | 「学びウィーク」ってどんなウィークなんですか? |
平野 | 授業は午前中で終わりにして、午後はいろいろな外部の方をお呼びして講習会をしたり、それぞれが必要だなと思う勉強をしたり、という感じですね。 |
Tad | なるほど、生徒たちの自律的学習意欲に基づいてテーマを選ぶような? |
平野 | はい、おっしゃる通りです。そこに教員はいるんですが、基本的には答えを教えるような質問対応はしないことになっています。「こんなふうに自分で調べなさい」と指示しています。答えを教えてしまうと、そこで生徒の思考はストップしてしまいますので。 |
原田 | そうすると、生徒のみなさんの質問の仕方も変わってくるんじゃないですか? |
平野 | そうですね。自分から学びたいといった意欲を持つ生徒は増えてきているように思います。 |


原田 | いま輪島の生徒さんたちが自分たちのまちをどうするか、そういうことをすごく真剣に考えていろいろ取り組んでいらっしゃるそうですが、具体的にどのようなことをなさっているんでしょうか? |
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平野 | 生徒には「上から降ってくる復興計画には言われるがままにならないこと。自分たちのまちなんだから、自分たちでつくり上げようよ」と呼び掛けているんです。総合的な探究の時間を中心として、自分たちのまちづくりのアイデアを膨らませていく、そういった取り組みをしています。 |
Tad | 先生のブログにあった「街プロ」のことですね。 |
平野 | はい。「街づくりプロジェクト」です。いろいろな被災地を見学に行ったんですが、どこもやはりものすごく長いスパンでの取り組みになっています。輪島が本当に復興する頃には、おそらく自分はもう生きていないと思います。しかし、そのための種まきというか、未来をつくっていくのはいまの高校生です。ほかの町の人は30代、40代の人がしっかりと関わってまちづくりをしてきたんだとおっしゃる方が多いので、その次を担っていくような高校生を育てたいなと思っています。 |
Tad | 生徒さんたちがフィールドワークをして、まちづくりにおいてこういうふうにしたらいい、みたいなアイデアが出てくることもあるんですか? |
平野 | はい。たとえば朝市を復興させたいという生徒が、東北の閖上(ゆりあげ)朝市とか東京・渋谷の宮下パークなどに実際に視察に出かけて考えたことを輪島に持ち帰って、先日は輪島朝市のための有識者会議に行ってプレゼンをしていました。自分たちはこんなまちにしたい、こんな朝市にしたいんだと、そんな話をしていました。 |
Tad | 大人たちがいる場で、ですよね。どういう評価だったんですか? |
平野 | やはり行政的には難しい面もたくさんあると思います。ただ、真っ向から「そんな夢みたいなことを言うな」と言うようなことは決してなく、おそらくそのなかから取り入れられるような部分については拾い上げていただけるんじゃないかなと、そんな思いで見ておりました。 |

Tad | ほかの地域にもフィールドワークに行かれているんですね。その場合は交通費って出るんですか? |
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平野 | 生徒が校長にプレゼンして、これはいいアイデアだと思ったものについては「行ってきなさい」と言います。 |
Tad | すごいですね。 |
平野 | 実はこれについては支援していただいたお金から出させていただいています。被災したことでたくさんの方からご支援をいただきましたが、自分はものを買うことにそのお金を使いたくないんです。ものがあっても所詮なくなってしまうから。そうじゃなくて、子どもの心を育てる活動にすべて使わせていただきたいなと思っています。それだと絶対に残っていきますから。その子がどう考えて、そしてそれをまた次の時代にどう伝えていくか。それによってずっと残っていくものなので、一番これが価値のある、いただいたお心の使い方なのかなと考えています。 |
原田 | 朝市の再興以外には、ほかにどんなアイデアがありましたか? |
平野 | 次の世代に伝えていく取り組みのなかで「ミツバチプロジェクト」というものを考えてくれた子がいるんです。その子が言うには、自分たちは次の時代に花開く新しい種を蒔く。でも未来のお花に花粉を届けるのは小学生たちだということで、小学生と高校生をつないで、それをさらに大人につないでいこうね、というプロジェクトです。 |
原田 | それは小学生と交流したり話をしたりしていくなかで思いを共有し合うとか、そういうことですか? |
平野 | そうです。それ以外でも、小さな子どもたちを何とかしてあげたいという、そういう思いからスタートしているプロジェクトがとても多いんです。やっぱり自分たちも地震でつらい思いをしたので、小さい子たちはもっとつらいだろうなと考えているんだと思います。実際に発災後3カ月ぐらいして、いろいろな方の意見を聞く機会があったんですが、とある小学生のお母さんが「小学校のグラウンドに仮設住宅を建てる前に、あなたたちはその学校の生徒にひと言でも『グラウンドに仮設住宅を建てることになった』と言ってくれましたか?」とおっしゃったんです。その意見がずっと胸に刺さっているんです。たしかにそうだな、子どもたちはきっとそれも仕方ないとは思うだろうけれど、それでもその前にひと言「君たちの大事な運動場を、大切な人の命を守るために使わせてあげてね」って、そういった丁寧な説明は必要だったのかなと、自分自身も反省しました。 |
Tad | そうですね。当たり前のように小学校のグラウンドが使われているけれど、小学生たちからしたら、遊び場や運動できるスペースがなくなっちゃうわけですからね。説明があれば十分だったのかと言われるとわかりませんが。 |
平野 | わからないですよね。たしかにそれを言ったからといってどうなるものでもないですが、でも、やはりそういった心遣いを子どもたちにちゃんとしてあげたらよかっただろうなと。 |
Tad | 高校生たちの身近な人たちがそういう経験をしているからこそ、小学生との対話をしようという思いにつながったんでしょうね。 |
平野 | はい、そうです。 |


Tad | 人間性を育むというすごく大事なテーマを、高校生たちが自ら見つけていて、すばらしいですね。 |
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平野 | そうなんです。自分たちで「こんなまちにしたいな」っていう思いを形にしています。地震になる以前から、全国的に各学校で地域のまちづくりのためのこういうプロジェクトが進んでいます。しかし、いま輪島が日本で一番それを実現させられる時だと、自分たちの思いが本当にダイレクトにまちづくりにつながるチャンスの時であると、自分は捉えています。 |
ゲストが選んだ今回の一曲
SEKAI NO OWARI
「Diary」
「今回の地震で、大切な人を亡くした人がたくさんいます。人それぞれにその方との最初の出会いや、その後に築き上げてきた思い出があると思います。それを想起させてくれるような曲です」(平野)

トークを終えてAfter talk


Tad | 今回はゲストに石川県立輪島高等学校校長の平野 敏さんをお迎えしましたけれども、いかがでしたか、原田さん。 |
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原田 | 自分たちのまちを自分たちでつくることを目指す生徒さんたちを全力でサポートしている平野先生ですが、全国のみなさんからの支援を、これからそのまちを担っていく若い人たちの思いを実現するための視察などに使うというお話がありました。つまり人づくりに生かしていくと。この発想が本当にすばらしいなと感じました。 |
Tad |
輪島高校って、生徒たちの生きる力を育てる学校なんだなと思いました。自分たちのまちなんだから自分たちでつくろう、上から降ってくる復興計画にそのまま乗ってはいけないと。これはなかなか強烈なメッセージですよね。卒業したら気付く生徒さんもいらっしゃるかもしれませんが、これって実は若者が一番得がたいメッセージでもあると思います。復興計画は国とか行政の方針としてあるわけですが、もちろん積極的に否定するものでもないけれど、そのまま乗っかってしまったら本当の意味での自分たちのまちではなくなってしまうかもしれない。だから自分たちでつくろう、ということなんだと思います。 大人の社会って一見規律があって、普段はより上位の機関による方針とか、指導のもと回っているようなところもあります。成人は18歳からと定義が変わりましたが、そういう意味では高校生って大人になっていく最後の手前の時期。ここで上からの方針や計画にそのまま乗っかることが“お利口さん”で望ましい姿勢だと思い込んでしまう若者をつくっちゃうのか、それとも、自分たちのまちや生き方を、もちろん上からの方針や計画を踏まえつつも自分たちでも実現していく力を持った若者を作っていけるのか、本当に瀬戸際なんだろうなと思います。一人でも多くの生徒さんたちに平野先生のこの思いが届いて、みんなに自由にやってほしいなというふうに思いました。ありがとうございました。 |