前編

最中種に込めたものづくりへの想い。

第66回放送

加賀種食品工業株式会社 専務取締役

日根野逸平さん

Profile

ひねの・いっぺい/1978年3月生まれ。金沢市出身。金沢工業大学を経てコンピュータ総合学園halを卒業。2年ほど個人でWeb制作の仕事を行い、2003年に家業である加賀種食品工業株式会社へ入社。加賀種食品工業株式会社は明治10年(1877年)創業。最中の皮などの菓子種の専門メーカー。年間およそ3500社へ製品を提供。取引先を和菓子屋から洋菓子やその他に拡大中。

加賀種食品工業Webサイト
オンラインショップ「たねらく」

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Tad 原田さん。お正月ももう終わりましたが福梅は召し上がりましたか。
原田 いただきました。色々なお店のものを食べ比べするのが好きなんです。
Tad 福梅って、最中の皮の部分が梅鉢のカタチをしているから福梅なんだと思っていましたが、今、コマや船やキャラクターの形まであるんですね。
原田 そういわれてみれば確かに。
Tad 実はあの最中の皮を専業で作られている会社が金沢にあるんです。
原田 へぇ! 知りませんでした!
Tad 今回のゲストは加賀種食品工業株式会社専務取締役の日根野逸平さんです。お目にかかるのは3回か4回目だと思うのですが、実は以前このラジオにご登場いただいたことのあるクマテクノ株式会社さんのロゴマークを作られたのが実は日根野さんです。
原田 そんな顔もお持ちなんですね。加賀種って「加賀」に、種子の「種」と書きますけれど、どのような意味がおありなのでしょうか。
日根野 先ほど最中の皮の話をされましたけれども、和菓子業界では最中の皮を菓子種と呼ぶのです。ここは金沢・加賀地方なので、加賀で作られた菓子種ということで、「加賀種」と呼ばれています。京都なら「京種」、岐阜なら「大垣種」。そういう言い方をするものですね。
Tad 加賀種食品工業として3500社に製品を供給しています。すごい数ですが。
日根野 ありがとうございます。沖縄から北海道まで全国のお客様にお納めしています。
Tad ご商売のお相手はやはり和菓子屋さんが中心なのでしょうか。
日根野 うちの中心商品は最中の皮ですので、やはり和菓子屋さんがメインのお客様になります。最中の皮は先ほどおっしゃられた通り、お店によっていろんな形があるのですが、当社で製品として用意している最中の皮は約180種類あります。その他はすべてオーダーです。金型から作ってその最中の皮を焼くんですけど、そちらは500種類くらいありますかね。
原田 今、手元に既製品の最中のデザインカタログをお預かりしたんですけど、本当に色々な形があってびっくり。菊やお花を象ったいわゆる最中らしい最中もありますけど、立体型のペンギンや卓球のラケット、バスケットボール、それからリスにバナナ。驚いたのはトウモロコシですね。中に何を詰めるんでしょう! あとは半分にカットされた状態のリンゴに種と枝がついた蓋がついているものまで…。加賀種の無限の可能性を感じますね。
ハートやクローバー、星型など、多彩な形状をした最中種を製造している。
日根野 元々は菊などのモチーフばかりでしたが、近年は和菓子以外にも用途を広めたいということで、今ご紹介いただいたリンゴやキャラクターもの、オリンピックに合わせたまあスポーツ系のものなどを作っています。
Tad 和菓子屋さんでも「クマちゃん最中」みたいなカジュアルなラインアップが増えるといいですよね。
原田 そうすると子供もあれ食べたいなってなりますもんね。
Tad しかし、膨大な種類を取り扱われていますよね。
原田 お客様のオーダーに応えるごとに種類が増えるということでしょうか。
日根野 そうですね。皆様、ご自分のお店のオリジナル商品にはこだわりがありますので主力商品はご自分で型を持たれている方のほうが多いですね。
原田 そもそも型がないとできないですよね、最中って。
日根野 そうですね。金型を使って作ります。
Tad 最中の材料は何ですか?
日根野 最中自体は100%もち米です。お餅を焼いて膨らませて最中の形になります。最中の型に入れてガス火で90秒から100秒くらい焼くんです。もち米は焼くと膨らむじゃないですか。その膨張力で型の中でガッと膨らんで型の通りに成形されるんです。形によっては型の厚みが一定じゃないので、どのくらいのもち米の量を入れるとちょうどいい大きさに焼きあがるかというのは職人の勘ですね。
最中種は手作業で一つひとつ成形される。職人が勘を頼りに、搗いたお餅をカットして焼き上げる。
日根野 コツをつかむのにだいぶ時間がかかりますし、ある程度のスピードで作らないと焦げすぎてしまうので、なかなか難しい仕事です。
原田 最中の薄茶色は焼けた色なんですね。
日根野 そうです。最中の色っていうのは着色ではなくて焦げ色です。元は真っ白なもち米で、焼いて焦がしていわゆる最中色になっています。
Tad それが香ばしい香りになり、サクサクという食感になるんですね。日本全国、沖縄から北海道まで3500社に供給しているとおっしゃいましたけれど、加賀種食品さんはそもそもの事業が最中の皮だったんですか?
日根野 創業が明治10年なんですけど、その当時最中を作っていたかどうか、実はよく分からない部分もあるんです。今のような最中の皮をメインで作り出したのは戦後になってからとは聞いております。
Tad そこから全国にお客様がいるという状況になるまでは、どのような経緯をたどってこられたんですか?
日根野 今の会社の基盤を作ったのは僕の祖父の代になりますが、「全国菓子博覧会」という和菓子屋さんが集結するイベントが4年に1回、全国各地を回って開催されているんですけど、昭和52年頃に静岡で菓子博覧会がありまして、当時まだ売り上げも今の10分の1ほどでしたが、そこに出展をして、全国の和菓子屋さんに商品を見ていただいてお披露目をしたことがきっかけだったと聞いておりますね。
Tad そこで全国の和菓子屋さんがその展覧会に来て、この最中の皮がいいね、これでうちの最中を作りたいよという風に広がっていったのですね。
日根野 そうですね、品質の高さを一番に出展していました。和菓子屋さんも職人気質なので、良いものを使いたいという思いにはまったのかなと思います。
原田 良いものとは、素材の良さということでしょうか。
日根野 もちろん素材にはこだわっていますが最中の皮の場合は、しっかり焼き上げてあり形が崩れてない、色むらがないということが大切ですね。色むらがあると見た目だけでなく、味も苦かったり薄かったりしますので、厚みの均一性という面にもこだわり、当時から品質をすごく大事にしていました。
原田 お米は決まったものを使われるのですか?
日根野 富山県で栽培されていた大正餅というもち米を使っています。ほとんど富山県でしか作られていないお米なんですけど、これが最中の皮にしたときの香ばしさと時間が経っても風味が落ちないという特徴があるんです。色々なもち米を試した結果、大正餅に落ち着いたという風に聞いております。創業者が富山県の生まれだったということで、東京で創業したのですがその米を使うことを機に地元に帰ろうと。そして富山より金沢の方が栄えていたため、商売の地は金沢にしたという風に聞いております。
素材は大正餅という品種のもち米を使用している。さまざまな品種を試して行き着いた。
Tad たくさんの型を持ち、多くのお客さんとご商売されたというのは個人商店のレベルではないじゃないですか。どの時点から拡大に対応してこられたのでしょう。
日根野 どうでしょう。昔はほぼ全て受注生産だったそうです。僕がまだ子供だった当時、会社のすぐ裏に家があったのですが、夜中までずっと煙が上がっていて、製品を作っていた時代があったように思います。それでは製品管理が難しいとなり、コンピュータシステムを導入し、計画的に在庫を抱えランニングストックを作りながら回していくということをしていました。年末に一気に需要が膨らむので平均して製造するための工夫はしていたと思います。
当社では自社で最中の金型を作るのですが、これは当社の強みの一つなんです。全国に最中の型を作る金型の業者さんは今、2社しかいなくて。同業者の人たちは皆その2社に集中するんです。必然的に1つの型を作るのに半年かかることもあったので、それは良くないということで10年ほど前に自社でやろう決めました。その金型屋さんで社員を修業させていただき、7年ほど前から自社で型を作るようになりました。作り方もガラッと変えてしまったので、最短2週間くらいで納品できます。そこが当社の一番の強みです。
Tad 新しい型でも素早く納品される。それは一体生産の強みですよね。
最中種用の金型。自社内で製造をしているのが同社の強み。注文にスピーディーに対応できる。
日根野 お客様の企画のスピードについていかないとせっかくのチャンスを逃してしまったりもするので。
原田 素材からこだわり、作り方にもこだわり。自分たちが納得するモノづくりをすることに一貫してこだわっていらっしゃるんですね。
Tad 日根野さんにとって最中の皮とはどういう存在なんでしょうか。
日根野 最中の皮って材料の一つなんですね。和菓子でいうと砂糖もあずきもそういったもの全部材料なんですけど、最中の皮が他と何が違うかというと最終製品になった時に外側にいるんですね。砂糖もあずきも製品になったら見えないですけど、最後まで外にある材料なのでうちの商品がお店に行ってもみられる、というところがすごく面白い材料だなと思っていますね。
Tad 確かに、言われてみれば必ず外側にいますからね。
原田 ぱっと見て、「わぁこれいいな」、「おいしそうだな」って思ってもらういわば顔の部分ですもんね。今回は色々な最中の皮を拝見して驚きがいっぱいありました。

ゲストが選んだ今回の一曲

Sting

「Englishman In New York」

「当社社長である僕の母親が教えてくれた曲です。大学生くらいの時かな、僕も母も音楽が好きで当時一緒に音楽を聴いていたりしたのですが、母が好きな曲でしてまぁそこから僕も気に入って、気持ちよくリラックスできるのでしょっちゅう聴いています」

トークを終えてAfter talk

原田 最中の皮はほとんどが専門の業者さんが作っていることにまず驚いて、その数の多さにも驚いて、驚きばかりの回でした。和菓子だけではなく違うものにも使っていこうという可能性があるとおっしゃっていたので次回のお話も楽しみです。Mitaniさん、いかがでしたか。
Tad 最中の皮屋さんって小さな会社は全国にたくさんあったと思うんですけど、高品質な商品で顧客に訴求して事業規模の拡大に成功した方はあまり多くなかったのかなと思いました。オリジナルの菓子種の注文が増える中で、その金型を内製化するという取り組みに成功されて、通常半年以上かかってしまう金型製造をお客様の企画のスピードに合わせて実現し、数週間以内で新しい型の最中の皮を提供したことは明らかに次元を変える出来事だったと思います。
外部プロセスを内部化したということだと思うんですけど、顧客に価値を届けるまでの期間を圧倒的に短縮したことは会社の歴史や業界の常識を考えればとてもイノベーティブでチャレンジングなことだったろうなと思いますね。後編は加賀種食品工業さんが現在取り組まれているイノベーションに注目していきます。

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