後編

沼にはまって沼を泳ぐ。

174回放送

株式会社Phats Square Company 代表取締役

坂矢悠詞人さん

Profile

さかや・よしひと/1981年、石川県小松市生まれ。大聖寺高等学校在学中からアメリカへ、ヴィンテージの洋服の買い付けに行き、フリーマーケットで販売するように。高校卒業後、駒澤大学に進学。2010年、セレクトショップ『PHAETON(フェートン)』を加賀市にオープン。現在、『Phats Square Company』(創業は2014年。加賀市伊切町)の代表を務め、金沢市内にアパレルショップを4店舗、フレグランスショップを2店舗と、加賀市の本店横の紅茶専門店『TEATON(ティートン)』を運営。

Phats Square Company Inc. Webサイト

インタビュー前編はこちら

Tad 前回に引き続き、『株式会社Phats Square Company』代表取締役の坂矢 悠詞人さんをお招きしています。前回は洋服やシューズ、アイウェアのセレクトショップ『PHAETON』のお話を中心にうかがいましたが、本店である片山津の『PHAETON』が新築・移転すると聞いています。セレクターであり、表現者でもある坂矢さんが新しく作る店には、どんな思いと哲学がこめられるのか、お聞きしたいと思います。坂矢さん、よろしくお願いします。
坂矢 よろしくお願いします。
Tad プロフィールにもありましたように、『PHAETON』がセレクトショップとしてあって、ほかにも香水とか紅茶の専門店とか、結構たくさん店舗を運営されていますよね。12年目となる2023年、『PHAETON』を新築・移転されるということですが、これはいよいよその時がきたと?
PHAETONの新店舗(写真左)。照明器具を排除した自然光のみで見せる店舗をコンセプトにしている。
坂矢 そうですね。僕らは「式年遷宮だ」と言って笑っていますが、近年いろんなお店に行っても、海外もそうですが、どこか感動しなくなっている自分がいたんですよね。それはなぜなんだろうと思っているときに、気づいたんです。「原因は照明器具だな」と。
原田 照明器具?
坂矢 照明器具って商品を照らす最高の役割を果たしていると思いますが、逆に空間に緊張感をなくしているんだなと気づいて。そこで、次の新しいお店では照明器具をなくすことにしました。
原田 一切ない?
坂矢 はい。それで、お店を粘土で作っちゃおうと。外も内側も粘土なんですよ。左官でお店を作ります。
原田 粘土で作る??
坂矢 粘土で作って、ぼこぼこって指で穴を開けて、自然光が店内に入ってくるイメージそのもので作ってみようと。自然光で商品を照らすと美しいんですよね。影を多く作りたいなと思ってます。商品を見せすぎない、見過ぎないように、自然光で生地を見るような。光のある所に商品を移動するという感じです。言葉で説明するのは難しいんですが、実際にそういう場所はまだないと思うので、うまくいくかどうかもわからないですが、そういうお店をイメージしています。
原田 なるほど。たしかに照明の当たり方で色や質感の見え方って全然違ってきますよね。お店でそのアイテムを見ていた感じと、家に帰って実際に着てみた感じ、外で着ている感じってどれも違ったり、印象も変わったりすることってありますよね。
坂矢 はい。シチュエーションによっても、たとえば曇りの日、晴れてる日、季節によっても、お店の顔も景色も違うんですよね。
Tad そうすると、店内が暗すぎるあまりに、お客さんがアイテムについてしっかり確認ができないような日も出てくるような気がしますが、それも含めたプレゼンテーションということでしょうか?
坂矢 そうです。これを聞きつけた、東京のとあるライト職人が「ぜひプロジェクトに関わりたい」といって来てくださいました。僕はそのときに「照明器具をつけないところから始まります」と言ったら、その方がすばらしい提案をしてくれました。それは“補助器具”として取り入れる予定です。夜はライトが点きますが、でもちょっと“点き方”は普通じゃない。言葉で説明するのが難しいんですが。
原田 いわゆる照明器具で全体を照らすというのではなく、いままでにないようなアイデアで、あくまでも暗くなってきた店内を危険のない程度にちゃんと見えるようにする、ということなんですね。
Tad 坂矢さんのチャレンジに共鳴したその職人さんもすごいですよね。
坂矢 そうですね、すごいプレゼンでした。僕が「照明器具は一切いらない」と言ってるうえでの提案だったので。
原田 その提案を採用しようと思われたというのは、坂矢さんが「これはすごい!」と感じたということですよね。
坂矢 はい。これもやってみないとわからないことですが、もしかしたら自然光での表現が美しすぎたとしたら、営業時間の変更もありうるなと思っています。暗くなったらもう終わるとか。
原田 そうですよね。冬は早く締まるとか。
Tad 日没の時間に合わせてね。
坂矢 朝方に営業するかもしれないですよね。
Tad&原田 なるほど。
坂矢 とにかくやってみないと、と思っています。いま、光の入り方をいろいろ検証しているところです。
原田 どちらかというと店内に自然光が多く入るようなイメージではあるんですね?
坂矢 入ります。入りすぎないように自然光を潰すというか、塞ぐような検証もしています。
原田 塞ぐ? 自然光がよく入る構造なんだけども、それをどうにか塞ぐ部分も大事にしたい……?
坂矢 そうです。
原田 お店の構造とか設計に関しても坂矢さんは全面的に関わっていらっしゃるんでしょうか?
坂矢 はい、ほとんどの店がそうです。
Tad 運営されているお店のほとんどが坂矢さんご自身のデザインなんですか?
坂矢 そうですね。窓やドアのサイズなどは僕が現場で計って進めますから。
坂矢さんの美意識を注ぎ込んだ新店舗。
原田 そうなんですね。それ一つとっても全然違うものですか?
坂矢 違いますね。
原田 お店に入ってみて、お客さんも「ここはほかのお店とどこか違うな」とか、「すごく心地いいな」とか共鳴する“何か“というのはきっと伝わるんでしょうね。
坂矢 伝わると思います。僕はお店を建てる場所の土の改良もします。埋炭してちゃんと炭も入れて、全部のフロアにも炭を敷き詰めて。
原田 炭を入れることでどうなるんですか?
坂矢 空気が全然違います。
Tad そこまでのこだわりを持って取り組まれて、置かれている品物も坂矢さんが「これは本物だ」と思われるものをセレクトされていると思いますが、いまの照明の職人さんみたいに「本物の人たち」も集まってくるような感覚もあるんじゃないですか?
坂矢 それはありますよ。
Tad 集めている側だったのに、集まってきてる、みたいな。
坂矢 ありますね。
原田 先ほどMitaniさんとも収録前に言ってたんですが、坂矢さんのお話を聞いていると、自分はいかにいろんなものに流されているかということに気付きました。どうしたら正直に、自分がよいと思うものを信じて突き詰めていけるのでしょうか? そのための心の持ち方って、何か意識されてますか?
坂矢 両手にものを持たないように、常に意識しています。“ダウンロード”という言葉が一番わかりやすいでしょうか。おそらく、“答え”はみなさんそれぞれに持っているはずで、要は「自分にどうアクセスするか」だと思います。自分にアクセスして“答え”をダウンロードしようとしても、そのときに両手にものを持っていると、それを受け取れないと思うんです。
原田 余裕というかゆとりみたいなものを持つということですか。
坂矢 そうですね。基本的には一日に1食しか食べないですし、お酒もやめて、もう飲まないですし。そういうことで得られる余白というものを、すごく意識してます。
原田 その余白がないと、いろんなものに対する感度が鈍ってしまう?
坂矢 はい。午前中は携帯を見ないですし、インプットもすごく少ないですよ。
Tad 手放すことも意識されているんですか?
坂矢 そうですね。
原田 そうすることで「これは」っていうものに気づけたり、それをすぐ自分のものとして吸収したりできると。
坂矢 そうです。
Tad 本当は自分でそれが何なのか、わかっているんだけど、それをうまくダウンロードできていない。我々はそれがフラストレーションになっているんでしょうね。
坂矢 そう思います。
原田 坂矢さんは昔からそうなんですか?
坂矢 一つのことにはまると、僕はその沼を泳ぐんですよ。沼にはまって沼を泳ぐ。
原田 泳ぐんですか!?
坂矢 だからほかのものが相容れる余地がないのかもしれません。とにかくそこに没頭して沼を泳ぎます。
Tad 紅茶沼とか、香水沼、洋服沼とか……
原田 その時の自分をきっとずっと大切にしてこられているんですね。そしていまがあって、いろんなものがダウンロードされてきている。まだまだいろんな沼に出合うんでしょうか?
坂矢 出合いたいですよね。そんな簡単には出合えないですからね。
原田 ですよね。いつもどういうタイミングで出合うんですか?
坂矢 スッと来ますよ、スッと。最近は音の粒にはまっていまして。
Tad&原田 音の粒?
坂矢 はい、イヤフォンとヘッドフォンを買い漁っていました。視聴もしまくって。それはちょっと沼の状態でした。
原田 音の粒っていうのは、聴こえ方ということですか? 粒立った感じに聞こえてくると?
坂矢 そうなんですよ。毎週秋葉原に行ってました。
Tad 一番、秋葉原に似合わない人じゃないですか(笑)。
坂矢 朝から夜までずっといました。
Tad ヘッドフォンになるかどうかはわかりませんが、多分、次に坂矢さんがはまった沼が、また新しい店舗になったりするんでしょうね。
坂矢 そうなんです、新しい『PHAETON』を作った後に現『PHAETON』を壊すんですよ。実はそこにも新しいお店を作ります。
原田 また次なる計画が!
坂矢 はい、空気を売るお店にしようかと。
原田 空気を売る!?!?
坂矢 はい。空気を、売ります(笑)。
原田 (笑)。そこは楽しみにしておけばいいですかね。いつ頃ですか?
坂矢 予定では今年中にできます。これ以上言えないんですが。
Tad 説明が難しそうですよ。
原田 これはもう行くしかないですね。
Tad はい。片山津があんなふうに目的地になって、いろんな人が来て、そこに坂矢さんのフィルターを通して集めたいろんなものがあって、そこに集まってくる人たちも坂矢さんの世界を構成している人たちで……その一部に自分もなれるだろうか……
原田 なりたいな……
Tad なりたいな、と思いますけどね。許されないかもしれない(笑)。

ゲストが選んだ今回の一曲

CHAGE and ASKA

「LOVE SONG」

「歌詞にすごく感動します。国宝級だと思っています」(坂矢)

トークを終えてAfter talk

Tad 今回は前回に引き続き、ゲストに『株式会社Phats Square Company』代表取締役の坂矢 悠詞人さんをお迎えしましたけれども、いかがでしたでしょうか、原田さん。
原田 いま本当に情報がたくさん入ってくる時代で、頭がいっぱいで整理されていないと、自分の心に響く「これだ」というものを感じとれなくなったり、「自分にアクセス」できなくなってしまったりするというお話を聞いて、その余白の大切さを私も心に刻んでいきたいなと思いました。
Tad すごいお話でしたよね。本当の自分は、自分が本当にやりたいことを知っていて、わかっているけれど、両手を空っぽにして抱えているものを手放さないと、内なる声をダウンロードできないと。今回はこの言葉に尽きると思います。哲学や武道の達人の心は明鏡止水だと思います。水は静止しているからこそ鏡のようになっている。我々は忙しくしていますが、それではいけないということなんだろうなと思います。許されることなら、いつか坂矢さんとレギュラー番組を持ってみたいと思いました(笑)。

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