前編

複合大学として高度な専門領域を重ね合わせ、イノベーションを生み出す。

第140回放送

国立大学法人 北陸先端科学技術大学院大学(JAIST) 学長

寺野 稔さん

Profile

てらの・みのる/1953年、大阪府大阪市生まれ。1972年、東京工業大学に入学。1981年、東京工業大学大学院化学環境工学専攻の博士課程を修了後、『東邦チタニウム株式会社』(神奈川県)に入社し、新規ポリプロピレン製造用触媒の開発を担当。1993年、北陸先端科学技術大学院大学(日本で最初の国立大学院大学として、1990年に設立)の教授として来県。2014年より理事・副学長として研究・産学連携を担当、2020年より現職。

インタビュー後編はこちら

Tad この番組では、いろんな企業の経営者をお招きしてきましたが、今回はとある大学の学長にお越しいただいております。全国において最もイノベーティブな大学の一つ、国立大学法人北陸先端科学技術大学院大学、通称JAISTの学長、寺野 稔さんです。寺野先生と、このスタジオでお会いできるとは全く想像していなかったです(笑)。楽しみにしておりました。
寺野 ありがとうございます。
原田 車を走らせていると「この先JAISTです」と矢印のついた看板を見かけるんですが、どんな所なんだろうといつも気になりながら通っていました。
Tad 秘密結社では…。
寺野 いやいや(笑)、ごく普通のオープンな国立大学のつもりです。
Tad 北陸先端科学技術大学院大学(以下JAIST)、一般の方にとっては「大学院大学」自体がまず縁遠いものなのかもしれませんね。
原田 大学院なのか、それとも大学なのか、わからないなと思っていました。
寺野 高校を卒業してそのまま入学するのが普通の大学ですが、大学の学部4年間を卒業した後でさらに研究や勉強をする組織として大学院というものが存在しています。我々はその大学院の部分だけを切り離して、そこだけに集中して、もっと研究を進め、もっと教育して、もっと素晴らしい人材を育てるということで、学部を持たない組織として設立されています。
Tad 大学院だけの大学、大学院大学の中でも、さらに「先端科学技術」の大学院大学ということですが、これは一体どういうことなんでしょうか?
寺野 これは全て初代の学長である慶伊富長(けいい とみなが)先生のご発想でして、やはり日本をもっと元気にしていくには、大学院レベルの非常に高度な研究開発が必要だということです。通常の大学の上に設置されている大学院では、大学の学部からつながる研究にウエイトが置かれてしまいます。慶伊先生はもっと自由な発想で、もっと新しいところに挑戦していくような非常に高度な大学院が、これからの日本にとって必要ではないかということで、この大学を構想され、ご自身で文部科学省に準備室まで作り、立ち上げられました。これが、先端科学技術に特化した大学院大学を作ろうという慶伊先生のお考えであると、わたしは理解しております。
Tad その背景にあるのは、大学院が日本の産業の発展を担う人材をこれから作っていくんだというお考えなんですね。
寺野 はい。少し古い話になりますが、第二次世界大戦後の日本の素晴らしい飛躍を担ったのは、当時の大学院修士課程を修了したレベルの学生たちで、彼らがどんどん企業に入って、そこでの研究開発が日本を発展させていったのだと、慶伊先生は実感としてお持ちでして、日本のこれからの発展にはやはりそういったレベルの高い技術力と知識を持った学生がどんどん育っていかなければいけないということで、大学院レベルの教育、そして研究をもっと広範囲に進めていこうとしたのだと思います。
Tad JAISTでの研究内容や分野は、どのようなものになりますか?
寺野 いま全学統一して、さらにこの4月から新しく10の研究領域を立ち上げました。詳しくはぜひ本学のHPを見ていただければと思いますが、創立時は、まず情報科学、それから、当時「材料科学」と呼んでいたマテリアルサイエンス、少し遅れて、野中郁次郎先生というマネジメント系では神様のような方が中心になって立ち上げた知識科学、この3分野で本学は構成されていました。
『北陸先端科学技術大学院大学』は、石川県能美市の小高い丘の上にある「いしかわサイエンスパーク」の中核となっている。
Tad コンピュータサイエンスである情報科学、いろんな化学素材や物質の研究をする材料科学(マテリアルサイエンス)、それと知識科学(ナレッジサイエンス)という構成になりますでしょうか。
寺野 知識科学は色々な研究をある意味では全て取り込んで、全体的な知識としてどう発展させていくかという、非常に広い領域をもった分野になります。現在は材料や情報分野の研究を大きくまとめて、それぞれがより有機的に連携して新しい分野に挑戦できるような形をとっています。
Tad 1研究科にまとめられたということですね。それはどういう狙いがあるのでしょうか?
寺野 いろんな狙いはあるのですが、それぞれが独立して研究開発し、従来の延長として発展することはもちろん素晴らしいことではありますが、学内外と連携してもっと新しい分野に挑戦していこうということで一つに束ねました。その上で専門分野を柔軟に扱って、内容的にはさらに広げていく形で考えています。
実は研究科の変更は文部科学省レベルではなかなか大変なのですが、一旦一つにまとめてしまえば、その中でどういう新しい分野を作り出していくかということについては、各大学でかなり自由に進めることができます。ですから一旦束ねてしまって1研究科にした後なら、その中でさらに新しい分野に挑戦していくという形も非常に取りやすくなります。そういったテクニカルな部分においても調整しやすいという理由もあります。
Tad ナレッジマネジメント、ナレッジサイエンスの分野とコンピュータサイエンスの分野が重なってきたり、マテリアルサイエンスとコンピュータサイエンスが重なってきたり、そういうことがこれからの時代は頻繁に起きていくかと思いますが、それが「どの学科で」とか「どの研究科で」、ということではなくて一つの研究科にあることによって…
寺野 より柔軟に新しいことに挑戦していけるということです。たとえば、情報科学でコンピュータを活用した計算科学という研究分野がずっと発展してきていますが、それと材料系の研究をつなげて、先生方の組み合わせを柔軟にし、新しくマテリアルインフォマティクスという分野を立ち上げて挑戦することができるということもあります。
Tad マテリアルインフォマティクスというのは?
寺野 たとえば、材料系の研究は実験室で実験して、その材料がどんな性質を持っているかを調べることはできますが、それだと材料をある程度合成して、それをさらに形を整えて分析にかけていって、ということをやらなければならない。合成からはじまると一つのサンプルを作ってその性能を調べるのに結構時間がかかるんです。ところが、計算科学であればそういったものにこだわらずに思い切った構造を設定してどんな性質が出てくるかを予測できます。
原田 予測できる?
寺野 こういう構造を持たせれば、きっとこんな素晴らしい性能が出てくるだろうというところまで計算科学で突き詰めていった上で、実際に合成してみるということです。
わたし自身はプラスチックを扱っていまして、分子や原子が千も、あるいは1万も10万もつながってプラスチックになるんですが、その微妙な構造を一つ一つ作りこんでいくのはなかなか大変ですが、計算科学ですと自由自在に構造を作りこんで、それでどんな性能が出てくるのかを確かめることができるわけです。これは新しい素材・材料を作り出していく上で素晴らしい飛躍になるかと思います。
Tad 元々材料科学や情報科学を研究していた先生が手を取り合い、協力し合って一つの研究テーマに打ち込む、みたいなことが起きているということでしょうか?
寺野 つい最近、経済産業省の結構大きなファンドを獲得したのですが、本学の予算も入れて全部で2億5千万円をかけて、以前にJSTという国の組織から移管され、我々が所有しているイノベーションプラザという建物の2階部分を全く新しい研究拠点として作り直します。「超越バイオメディカルDX研究拠点」と名付けているのですが、ここに、バイオ系・メディカル系を主戦場とする先生方に加えて、計算科学を専門とする先生を1人配置しています。このような先生方の組み合わせで全く新しい研究に挑戦していただこうと。ここには、これからさらに地域の企業や、いろんな組織の方にもご参加いただきますし、実は『三谷産業イー・シー株式会社』にも参画いただくことが決まっています。
2023年春に開設予定の「超越バイオメディカルDX研究拠点」。
Tad ありがとうございます。
寺野 福井や富山の会社にも参画していただきます。ここでもこれから計算科学というものを組み込んで、まさにインフォマティクスという手法で、全く新しい世界に挑戦していこうと、今スタートしようとしているところです。
Tad とてもイノベーティブな響きでJAISTのイメージが伝わってきたのですが、学生さんはどういった方が多いですか?
寺野 実は意外と全国区でして、北海道から九州まで、日本全国から来ていただいています。特に我々としては、東京にサテライトを持っていまして、こちらでは実際に働きながら学び、研究している学生を中心に200人以上受け入れています。実際に自分の仕事においてもっと研究したい、もっとこんな知識を身に着けたいというモチベーションを持って入ってきていらっしゃるような非常に意欲の高い方が集まっています。本校の方は、50%以上が留学生です。
Tad原田 そうなんですね。
寺野 現在20か国程から留学生が来ています。あえて日本に来て勉強するわけですから、こちらも非常に意欲の高い学生が揃っていますし、最先端の研究だけではなく、ベーシックな分野の研究にも、社会人の方々、それから留学生の方々など、幅広い学生が集まって先生方と一緒になって新しい分野を切り開くべく、日々取り組んでいただいております。
Tad 先生たち同士も異分野の専門家同士が高度につながっていますし、学生さんたちも全然違うバックグラウンドをそれぞれ持たれていて、どこかの会社の研究職をしていたという方も、全く研究職ではない方も、おそらくいらっしゃる。さらに外国人の方も…この状態をどう上手く運営しながら新しいものを生み出せるのか、すごく興味があります。
寺野 今年の春から新しく10研究領域を立ち上げて、本当に最先端のところから、極めてベーシックなところまで、それぞれをカバーする先生方もいらっしゃるし、そういったところに興味を持つ学生たちもいるんですが、そうした出来上がった組織とは独立した形で、我々が「エクセレントコア」とか「リサーチコア」と呼ぶ先生方の集まりを別に作っています。
多くの大学にあるような研究センターを我々も持っていますが、そういったものと並列する形で最先端の取り組みをしているグループを、さらにそこから切り出して、先生方が連携して通常の自分の研究室だけでやっている研究とはまた一歩違った形の連携をとって、その中には本学の先生だけではなく、他の大学の先生、あるいは海外の大学の先生方、企業の方々も入って一つの組織を作り、そこでまた新しく取り組んでいく。そんなふうに多層的な先生方の研究を展開しているという構造にも、本学としては力を入れています。
Tad 異分野同士の専門家の会話というのは成立するものなんですか?
寺野 これが意外と面白いんです。私もだいぶ前に、知識科学研究科のイノベーション系の先生方と一緒になって、化学産業における研究はどうあるべきかということを、自分自身が行っている研究とは別に、研究したことがあります。その結果をコンパクトなモノグラフ2冊にまとめました。その先生は今、九州大学におられてイノベーション研究の権威として活躍しておられますが、そういう方々と化学産業の中でどんな研究をどういう形で進めていくのが良いか、どんな組織で進めていくのが良いか、どうすればよりイノベーティブな成果につながっていくのか、ということを研究した経験は本当に面白かったですし、今でも役に立っています。
Tad 知識科学研究科があったことが、その後の異分野との結合や接続にものすごい役割を果たしているんですね。
寺野 そうですね。知識科学研究科と他のマテリアルサイエンスとか情報科学の先生方とのつながりを、大学としてもっと早い段階から積極的に作りこんでいけばよかったかなと、未だにそう思ってます。

ゲストが選んだ今回の一曲

ザ・ワイルド・ワンズ

「想い出の渚」

「知る人ぞ知るグループサウンズの名曲中の名曲でして、中学の頃に流行りました。最初に就職した『東邦チタニウム株式会社』は神奈川県茅ヶ崎市にありまして(茅ヶ崎工場)、ザ・ワイルド・ワンズっていうのは茅ヶ崎が拠点なんです。中学の頃に思い入れのあった曲と、会社のあった茅ヶ崎の浜辺の思い出が見事に重なり、選ばせていただきました」(寺野)

トークを終えてAfter talk

Tad 今回はゲストに、国立大学法人北陸先端科学技術大学院大学の学長である寺野 稔さんをお迎えしました。いかがでしたか、原田さん。
原田 最先端技術の話なので難しいお話もあったんですが、それぞれの分野の最先端同士が連携したからすごいものが生み出される。JAISTってそんな場なんだなということがわかりました。
Tad 研究活動って、専門分野を深く、深く突き詰めていくっていうイメージもありますけれど、今のJAISTは3分野あった研究科を、おそらくかなり思い切って一つの研究科にされたということでした。これって多分、大学としての本気度の表れだと思うんです。「大学としての専門分野はこれとこれです」とは言えなくなりますから。でも考えてみれば、たとえば「当大学の専門領域は、文学部と経済学部と理工学部です」なんて言われても、それって「あれもこれもあります」っていうだけで「なぜその学部・学科がその大学に必要なんですか?」という問いには答えきれないかもしれないですよね。歴史的な経緯があってそうなっているという場合も当然あると思うんですが、ゼロベースで考えたときに、必然性があるのかと問われると、多分納得のいく理由を聞くことは難しいですよね。北陸先端大はむしろ、総合大学というよりも複合大学として、つまり高度な専門領域をつなげ、重ねることによって、イノベーションを生み出すことを選んだということだと思います。社会課題も、産業界の課題も多面的な時代ですから、JAIST自身がこのように選択したというのは本当にすごいことだなと感じました。

読むラジオ一覧へ