前編

「氷」と「イノベーション」をつなげた、老舗の氷屋。

第153回放送

株式会社クラモト氷業 専務取締役 ※2024年4月、代表取締役社長に就任

蔵本和彦さん

Profile

くらもと・かずひこ/1985年、石川県金沢市生まれ。金沢商業高等学校卒業後、金沢星稜大学に進学。卒業後、県内のメーカーに2年間勤務。2010年、『有限会社クラモト氷業』(創業は1923年、金沢市東山。純氷の製造、加工、販売)に入社、2016年、『株式会社クラモト氷業』専務取締役に就任。2019年には、自身が主導し、世界でも珍しい業務用の氷の輸出を開始。

株式会社クラモト氷業Webサイト

インタビュー後編はこちら

Tad 原田さん、9月に入ってちょっと涼しくなってきましたが、まだときどき少し暑い日もありますよね。この音を聞いてみてください……
~グラスの氷が鳴る音~
Tad 今、アイスコーヒーをいただいているんですが、氷の音って涼し気でいいですよね。
原田 すごく清涼感がありますね。
Tad 今回は「氷とイノベーション」ということで、氷の分野でイノベーションを起こしている方をお招きしています。『株式会社クラモト氷業』専務取締役(※オンエア当時の肩書きです)、蔵本 和彦さんです。初めまして。いろんなところで蔵本専務に会いたいと言ってたんです。
蔵本 ありがとうございます。
Tad 『オリエンタルブルーイング』の田中社長からもお話をうかがったりしていました。
蔵本 僕もようやくお会いできてうれしいです。
Tad よろしくお願いします。さっそくですが、プロフィールに純氷という言葉がありましたが、純氷とはどういうものなんですか?
蔵本 あまりなじみのない言葉ですよね。字のままなんですが、「純粋な氷」のことです。定義としては48時間以上かけて水を凍らせて不純物をほぼ取り除いた、透明で溶けにくい氷のことを指します。
Tad よく冷蔵庫の製氷室で作ると白くくすんでいたりしますが、あれは、氷に不純物が入っているということなんですか?
蔵本 はい。まさにそうで、ほとんどがミネラルとか空気です。それを取り除くと、わたしたちが作るような透明な氷ができるんですが、そのためにはかなり時間をかけて作らなきゃいけないんです。
Tad 冷蔵庫の製氷室っていうのは急速冷凍ですよね。先程48時間とおっしゃいましたが……
蔵本 冷蔵庫で作る氷にはそんなに時間はかかってませんよね。おそらく次の日にはできてると思うんですよ。僕たちは48時間、つまり丸二日以上かけて作っています。夏になると72時間ぐらいかかったりもするんですが。
原田 その分、透明で溶けにくくなるんですか?
蔵本 そうです。不純物を取り除くことによって、溶ける要因が少なくなるんです。
Tad 長い時間をかけて凍らせると、不純物はどこかに行っちゃうんですか?
蔵本 そうなんですよ。水はミネラルや空気を含んでいますが、ゆっくり凍らせるとミネラルが最後に凍るんです。わかりやすい現象で言うと、ジュースやお茶を冷凍庫で凍らせた後に、外に持って出て、少し溶けた後に飲んだことってありますか?
Tad 味が濃くなってますよね。
蔵本 あれってすでに分離が起きてるんですよ。たとえばオレンジジュースでも水と砂糖、果汁といろんなものが入っていますが、冷凍庫に入れて最初に凍るのは水の部分なんです。それからどんどん水じゃないものも凍っていって、最後に完全に全体が凍ります。さっきのお話の通り、水じゃない部分というのは溶けやすいんです。溶けるときは最初に真ん中の水じゃない部分が溶けだしてくるから、溶け始めを飲むと味が濃く感じるというわけです。
原田 なるほど。氷を作るときは不純物がまだ凍ってない段階で何か手を加えるわけですか?
蔵本 そうなんです。僕たちの場合は、さらに分離を起こさせるためにゆっくり凍らせます。「エアレーション」といって、空気を常に送って水を動かし続けます。そうすることによって不純物、いわゆるミネラルと空気ですが、このミネラルが分離していくときに水を入れ替えます。それを繰り返すことによって純度の高い氷ができあがります。
クラモト氷業の製氷風景。「エアレーション」という手法により、水に含まれるミネラルや空気が分離され、純度の高い氷を作ることができる。
原田 なるほど。氷作りだけでこんなにすごい時間と工程があるって驚きですね。
Tad その氷が使われているところというと、やっぱり飲食店とかバーになるんでしょうか。
蔵本 そうですね。一番多いのは飲食店様で、レストランやバー、ドリンクがすぐ薄まってほしくないようなところでよく使われます。
Tad ウイスキーのオンザロックを飲む時に氷がグラス以上に透明だと、なんだか豊かな気持ちになりますよね。
蔵本 丸い氷とかもありますよね。あれも実は機能的に理にかなってるんです。氷自体ももちろん溶けにくいというのもあるんですが、丸い形というのは、いろいろな形の中で一番表面積が少ない形状なんです。つまり、溶ける要素が少ない。ドリンクに触れる部分が少ないですから。そういうわけで、丸氷というものがウイスキーのロックやアルコール度数の高いものに使われるというのは間違ってないんですよ。
原田 なるほど。
Tad そういうことだったんですね。
原田 たしかにカクカクしてると、それがまたぶつかったら、そこからまた溶けたり崩れたりすることもあるけど、丸だとそういうことはないですもんね。ツルツルっとしてるし。
Tad 『株式会社クラモト氷業』は、飲食店向けの氷を創業当初からずっと作っていらっしゃったんですか?
蔵本 もちろん創業当時もそういった飲食店とも取り引きがあったと思うんですが、当時は主に家庭や医療の現場が多かったようです。創業は1923年なんですが、その頃って、頭が痛いとなるとまずは冷やさないといけない。かといって当時はまだ家庭でも氷を作れないし、作る技術がなかったので、氷屋さんの氷を医療に使ったり、あとは今ではたまに映画に出てくるくらいのものになっちゃいましたが、氷式冷蔵庫とか……
Tad あぁ、箱の中に氷を入れて食べ物を冷やす、あれですね。
蔵本 はい。そういったことに使われていたので、当時は一つの町にも氷屋さんってすごくたくさんあったんですよ。
原田 ある意味なくてはならないものだったんですね。
蔵本 当時は間違いなくインフラだったと思います。
Tad だんだんと電気で冷やせる冷蔵庫の出現やいろんな理由で氷屋さん自体は減っていってしまいますよね。
蔵本 そうです。おっしゃる通りで、医療の方からまず新しい技術が入ってきて、自動で氷ができる機械が入ってきましたし、そのあと冷蔵庫の中で氷を作れるという技術が入ってきましたし、これが当たり前になってきたら、やっぱり僕たちの売り先はどんどん少なくなっていきました。それに伴って氷屋さんっていうのは最盛期の10パーセント未満の数になってるんじゃないでしょうか。
原田 そうなんですね。そういうなかで、どんなふうに氷のビジネスを広げていくかっていうのが氷屋さんにとっては課題になってきたわけですよね。蔵本さんのところはどうされたんですか?
蔵本 弊社は2023年で創業百年となり、いろんな変化を繰り返してきましたが、今でも新しい技術が出てきて、僕たちの生きる場所が削られている状況ではあります。ですから、新しい氷のシーンを作っていくということをすごく大事にして行動してます。
Tad 具体的にはこれまでと違う製品を出したり?
蔵本 そうですね。氷を使うシーンをいろいろ作っておくことを考えています。かき氷って最近よく見るようになったと思うんですが、かき氷も一つの氷の使い方ですし、それこそうちもかき氷屋さんを始めたり、あとは氷に刻印をしたり。デザインを入れるサービスを作ったり、いろいろ氷に新しい価値を与えていくことを考えながらやってますね。
原田 本当だったら氷屋さんがかき氷屋さんもやるって、ある意味ちょっと……
蔵本 ご法度感がありますよね(笑)。
原田 いいのかなって、一瞬思う部分もありますが(笑)。
蔵本 そこをすごく考えたんですよね。考え出してから三年くらいは悩みながらやってました。お客様の商売を邪魔するっていうのはちょっと違うよなというところは思っていたので。ですから、どちらかというと「かき氷」を石川県の文化にしていくような立ち位置でやっています。
原田 石川県のものを取り入れるとか?
蔵本 石川県の食材を取り入れたり、みなさんとはちょっと違ったスタイル、今のふわふわの丸いかき氷ではなくて、どちらかと言うと昔のスタイルに近いカップのかき氷を残していきたいな、というのもあるので、そういったスタイルにしたりとか。
原田 結構ふわーっとして大きなかき氷で、口の中にいれるとシュワっと溶けちゃうみたいなのもありますが、あえてそこは昔ながらの氷のカリカリっていうのを感じられるようなところを大事にされていると?
蔵本 はい。もともとかき氷に目を付けたのは、かき氷を広めていくこともそうですが、会社を知ってもらうという目的もあったんです。その時に赤ちゃんからおじいちゃん・おばあちゃんまで知っていただくには、スタイルとして皆様に知ってもらいやすいものを作っていきたくて、そこを意識しながらブランドを作りました。
クラモト氷業のかき氷。かつてのシャリシャリから、今ではフワフワな食感に。世界各地にはさまざまなかき氷があるが、日本は独自の進化を遂げた。
Tad 先程の「氷の刻印」というのはどういうものなんでしょうか?
蔵本 熱伝導率の高い銅板にデザインを彫って、氷の上に載せます。すると銅板に触れている部分だけが溶けてデザインが浮き上ってくるんですが、これを「アイスエンボス」という商品として出してます。
原田 それはどういうシーンで使われるんでしょう?
蔵本 ウイスキーを飲むときなどに、デザインの入った氷を使っていただくとか。
Tad それはバーのロゴマークやお酒の銘柄で変わるわけですか?
蔵本 はい。これが結構人気があります。
原田 なるほど。儚いからこその良さがありますよね。
Tad 成分自体は純氷ですから溶けてしまえば一緒ですが、形がある時間だけは保持される。その時間って、もう一度言いますけど、やっぱり豊かな気持ちにさせますよね。
蔵本 そういったことはすごく意識してます。氷の形もいろんなものを作ります。丸い氷であったり、スティック状の氷なんていうのも作ったり
Tad スティック状というのは、グラスにスポッと入っていくような?
蔵本 そうなんですよ。機能的には炭酸が抜けにくい形状なんです。氷と氷の隙間があるほど炭酸が抜けるリスクは高まります。ですから氷が何個か入っているとその隙間から炭酸が抜けやすくなるんです。おもしろいのが、グラスにスティックの氷を入れて飲み物を注いでいくと、氷があまりに透明なので見えなくなるんですよ。それを「忍者氷」と呼んだりもします。
原田 おもしろいですね。化学実験の話を聞いてるみたいです。
Tad 機能的にもそれが正解だというのは初めて知りました。氷と一口で言ってもいろんな形が存在するし、まだまだバリエーションが今後広がりそうですね。
氷の刻印(左)やさまざまな形をした氷(右)。今後もデザイン性と機能性を拡大していく。
蔵本 そこはいろいろと日々アイデアを出しながら実践しています。
Tad そういうアイデアは社内で議論されるんですか?
蔵本 どちらかというと僕がアイデアを考えて、それをスタッフに伝えて、そこから事業を興していく感じですね。
Tad そのアイデアというのはどういうときに生まれるんですか?
蔵本 実はお風呂が多いんです。
原田 温まっている時ですか?そういう時に冷たいものの話題が(笑)。
蔵本 何も身に着けていないときに出てくるんですかね(笑)。
原田 なるほど。素の自分でいるときに。
蔵本 はい。だからお風呂に入るときは風呂を出たところにスマホを置いて、思いついてもすぐにメモができるようにしています。
Tad 『株式会社クラモト氷業』のホームページ、リスナーの方にも是非見ていただきたいんですが、デザインがいいですよね。氷のパッケージもこだわって作っていらっしゃるんですか?
蔵本 そうですね。今までにないようなものを目指しています。「氷って、そもそも売ってるものなの?」というようなことも言われるんですが、スーパーにも実は袋入りの氷って売ってるんです。でも、やっぱりデザインが目立つとか素敵なものがないから氷が手に取られることが少ないんじゃないかと思い、デザイナーに相談をして、イメージを形にしてもらいました。買うことに喜びを感じられるようなデザインを心がけています。
原田 氷は家でも作ることができるから、そこが大前提としてあるわけで、それでもやっぱり「この氷を使ってみたい」と思わせるようなものを、ということですね。品名も「金澤氷室」と書いてあった気がしますが、「金沢の文化に」と先ほどおっしゃられたように、このパッケージだったらそういった思いごと、みなさんに提示できますよね。
蔵本 そうですね。金沢には氷室という文化が根付いていて、氷室饅頭は今でも食べられていますよね。あれはもともと冬の間に氷室に仕込んだ雪を、夏に徳川家に献上していたという歴史からきていますが、そこはなんとなく、前田家も氷というものをエンタテインメントとして使っていたような気がします。その文化を文字やいろんなところで残していきたいという思いから「金澤氷室」というブランドとして出させてもらってます。

ゲストが選んだ今回の一曲

TM NETWORK

「Get Wild」

「昔からの友達と飲み会でカラオケに行って、毎度みんなで大合唱する曲なんですが、コロナ禍でもう2年半くらいそういうことができていないので、久しぶりに聴きたいなと思い、選曲しました」(蔵本)

トークを終えてAfter talk

Tad 今回はゲストに『株式会社クラモト氷業』専務取締役の蔵本 和彦さんをお迎えしましたけれども、いかがでしたか、原田さん。
原田 あの透き通った氷、純氷がどんなふうにできていくのかという話を初めて聞いて、びっくりすることがたくさんありましたし、氷は最終的には溶けていくものですが、ゆっくり溶けてゆく間に何ができるかというのをいろんな視点から考えて、可能性を見出してお仕事をされているんだなというのがよくわかりました。
Tad 氷自体は冷蔵庫や製氷機で作ることができる時代ですが、今の純氷のお話や氷の形状ごとの機能性の違いをうかがうと、飲食店としてこだわるべきポイントであることもよくわかりました。言われてみれば、江戸・徳川家に氷を献上までしていた我ら石川県民でもありますから、もっと氷にこだわってみてもいいですよね。蔵本さんの氷の可能性に挑戦する姿勢、大変勉強になるお話でしたが、次回はさらに驚くかもしれません。氷とイノベーション、とっておきのお話をうかがいたいと思います。

読むラジオ一覧へ