後編

氷を、世界へ。

第154回放送

株式会社クラモト氷業 専務取締役 ※2024年4月、代表取締役社長に就任

蔵本和彦さん

Profile

くらもと・かずひこ/1985年、石川県金沢市生まれ。金沢商業高等学校卒業後、金沢星稜大学に進学。卒業後、県内のメーカーに2年間勤務。2010年、『有限会社クラモト氷業』(創業は1923年、金沢市東山。純氷の製造、加工、販売)に入社、2016年、『株式会社クラモト氷業』専務取締役に就任。2019年には、自身が主導し、世界でも珍しい業務用の氷の輸出を開始。

株式会社クラモト氷業Webサイト

インタビュー前編はこちら

Tad 原田さん、前回は、氷の可能性を追求する老舗の氷屋さん、『株式会社クラモト氷業』の蔵本さんをお迎えしましたけれども、本当に面白いお話でした。
原田 そうですね。
Tad 今回はさらなるスケールのチャレンジということで、世界初のイノベーションのお話が聞けるかもしれません。ゲストは『株式会社クラモト氷業』専務取締役(※オンエア当時の肩書きです)の蔵本 和彦さんです。今回も「クラモトアイス」のTシャツ姿でいらっしゃいました。やっぱりデザインが素敵ですよね。
蔵本 うれしいです。デザインはすごく大事にしているので。
Tad 前回も、氷の形状やいろいろな加工をされているというお話をうかがいましたが、今回はなんと海外に氷を輸出されているということで。
原田 ね!これはびっくり!
Tad どこに輸出されているんですか?
蔵本 今はアメリカに輸出してます。
原田 どうやって運ぶのかな、とまず思いますよね?
Tad それに、氷ってそもそも輸出入するものでしたっけ?基本は現地生産・現地消費が軸かなとは思うんですが、どういうことなんでしょう?
蔵本 氷作りというのが日本は得意でして、弊社も2023年で創業して百年になりますが、ずっと氷作り・加工に関わってきたなかで技術力が蓄積されていきました。その技術力をもって日本で作り、船で運んで、アメリカに持っていき、販売させてもらっています。
原田 船で運ぶのですね! 透明で溶けにくい氷とはいえ、海上をどのくらいかけて運ぶんですか?
蔵本 今まさにコロナ関係で船の遅れなどいろんな問題があり、本来であれば大体うちの倉庫を出てから3週間くらいでロサンゼルス港に到着するんですが、今はちょっと変化があったりして、だいたい1か月くらいは見るようにしています。
Tad 冷凍しっぱなしで持っていくということですよね?
蔵本 そうです。専門的な用語になるんですが、リーファーコンテナという、コンテナに冷凍機が付いたようなもので冷やし続けながら船で港まで持っていくんです。
原田 すごい……。
Tad もう1回聞きますけど、輸出ですよね?(笑)
蔵本 そうです(笑)。
Tad アメリカのロサンゼルスに金沢生まれの氷を欲する、そういう場所があり、人がいるっていうことですよね?
蔵本 そうです。2019年から始めて今はロサンゼルス、サンフランシスコ、サンディエゴ、アリゾナ、ラスベガス、ニューヨークにまで広がっています。
原田 ニューヨーク!
蔵本 先月はボストンに初めて行かせてもらって、ヒューストンの展示会に参加しました。ヒューストンでも僕たちの氷が少しずつ広がってきています。
原田 すごい!だけど、アメリカだって氷を作っている人もいるでしょうし、もちろん、向こうにも氷はありますよね?それでも日本の氷が、『株式会社クラモト氷業』の氷がいいと言う方がいらっしゃるということですよね?
蔵本 そうです。加工技術もそうですし、安定していい氷を納めるためには、日本の、僕たちの培ってきた技術がすごく大事なんです。ただ、もともとこの製氷技術に関しては、アメリカで考えられたものなんですよ。
原田 そうなんですか?
蔵本 はい。製氷技術はアメリカで作られて、その技術を日本が輸入した経緯があるんです。ただ、やはりアメリカというのは効率を求める国なので、もっといいものを長い時間をかけて作るというより、「それなりのものを短時間で作ってしまう」という技術にどんどん変わっていったんです。それで日本は時間をかけて作る、アメリカはより速く作るということを続けていって、「ゆっくり作る」という技術についてはもはやアメリカが一番ではなくなっちゃったんです。
Tad 純氷をきれいに作る技術がアメリカにはなくなってしまったと。
日本で培われた技術で作られた美しい球体氷。時間をかけてゆっくりと氷を作ることにより、きれいな純氷ができあがる。
蔵本 はい。それで10年位前から、バーでのカクテル市場が現地でものすごく広がり始めたんですが、そのときにバーテンダーさんたちが思ったみたいなんですよ。「あれっ、いいカクテルを作ったのに、いい氷はないな」と。そこから「時すでに遅し」というような感じで、「氷がないじゃん」という状況にアメリカでは陥ったみたいです。
Tad でも、そこでどういうきっかけで輸入することになったんですか?
蔵本 運命的な出会いがありまして、実は7年前に新婚旅行でラスベガスに行ったんですが、僕は氷屋なので、氷を見たくていろんなバーを巡ったんです。どこも1杯3000円くらいするんですよね。
原田 すごいですね。
蔵本 ところが、そういうところで飲んでいても、まったくいい氷じゃなかったんです。それを見て、「いつかラスベガスにうちの氷を持っていきたい」というのが夢になったんですけど。
Tad カクテルを頼んで「いい氷じゃないな」というのは、何を見てわかるんですか?
蔵本 僕は氷が大好きでいろんな氷を見るので、すぐ分かっちゃうんですが、氷の形状、あとは嚙んだときだとか、いろんなポイントがあります。でも、どれ一つとっても純度の高い氷っていうのは向こうにはなかったですね。
原田 バーテンダーさんに「この氷はどこで?」とお話もされたわけですか?
蔵本 当時、英語も話せないし聞けずじまいで終わってしまったんですが(笑)。日本に帰ってから「ラスベガスに氷を持っていくのが夢なんだ」ということをSNSやブログで発信したんです。それと時を同じくして、今のパートナーの人も「アメリカにはいい氷がないなぁ」ということを思っていたようです。「日本に出張に行くと、どこに行ってもいい氷が出てくるのに」と。そこで「それなら日本から輸入すればいいんだ」と思いついてくれて、僕のところにたどり着いたというわけです。本当に僕宛にロサンゼルスから直接電話がかかってきました。
Tad ロサンゼルスから?
蔵本 はい(笑)。
原田 日本人の方なんですか?

蔵本 そうです。日本人の方ですが、アメリカに住んで20年という37歳の方で。
Tad 同い年じゃないですか。
蔵本 そうなんですよ。そこもまたまた運命的で。最初、すごく怪しかったですけどね、いろいろと話がうまく合いすぎて。僕のことをブログで全部調べてきているので、すごくよく知ってるんですよ(笑)。そういう運命的な出会いがあって、「アメリカに興味はありますか? 輸出に興味はありますか?」と聞かれて、「実は僕の夢なんです」とお答えすると、「そちらに行ってもいいですか?」ということで来てくださって。そこから氷についていろいろとお話をして、これはいけるかもしれない、と。そこから事業が始まりました。
原田 輸出するとなったら日本で作っているままのものだと、いろいろ難しい点もきっとありますよね。
蔵本 ありました。やっぱり何より違ったのは、アメリカサイズのグラスなんですよね。ジントニック一つとっても、「いつになったら飲み切れるんだろう」というくらいグラスが大きいんですよ。規格が違ったので、それに合わせて氷をカスタマイズしていったというのはあります。
Tad 前回うかがったような角柱型のグラスにピッタリという氷も、形をそのために作り直したりされて?
蔵本 はい。本当にそこからでしたね。初めてサンプルを2019年に持って行って、そこからバーテンダーさんとやり取りをして、「このサイズはどうだろう?」と言いながら今の形を作っていきました。そういうやりとりは実は今でも続いています。同じハイボールでも、ロサンゼルスで使われているグラスとニューヨークで使われているグラスが違ったりするので。そのために氷の規格を変えるというのを日々続けています。
クラモト氷業の氷を採用したアメリカのバー。アメリカサイズのグラスに合わせて、氷のサイズをどう調整するかを模索しながら輸出事業に取り組んでいる。
Tad 普通は氷を輸出しようという発想はないと思うんですが、前回のお話にもつながりますけれど、江戸に氷を献上していた我々石川県民ですよ。それでいうと“氷を運ぶ”っていうのは自然と文化的には想像できそうですよね。
蔵本 以前は江戸でしたが、僕はアメリカに氷を運ぶ……なにか刻み込まれたものがあったのかなとは思いましたね。
原田 実際、いまアメリカで蔵本さんの氷が使われているわけですが、現地の方の評判はいかがですか?
蔵本 カットの仕方までこだわって作らせてもらっているので、そのあたりは評価していただいてます。「日本のもの」というところで評価していらっしゃる方も多いですね。
Tad すごいですね。蔵本さんの挑戦はまだ終わってないですよね? 最近の取り組みもうかがいたいんですが。
蔵本 アメリカに関してはそういったドリンク向けの氷ですが、あとは“かき氷”という文化を広めていったりもしています。国内では、今まではレストランとかバーをメインに氷を卸していましたが、これからは「自宅でももっといい体験ができる」というところをアピールしたくて、「自宅をバーにできないだろうか」という発想から、「氷のサブスク」を2022年中にリリースする予定になっています。
Tad 決まった月額で定期購入していただくような。
蔵本 はい。サイトに登録してもらうと、バーテンダーのキャラクターが登場するんですが、バーテンダーが「あなたはどんなお酒の飲み方が好きですか?」、「あなたはどんなお酒が好きですか?」とたずねます。それに対するお客様の回答に対しておすすめのお酒の飲み方を提案します。すると、その飲み方に合わせたグラスがまず届いて、あとは氷が定期的に届くという仕組みです。それと、バーというのは雰囲気もすごく大事じゃないですか。
原田 そうですよね。
蔵本 ですから、音楽も大事だということで、10人ぐらいのDJにお願いしていろんなジャンルの音楽を用意して、お客様に合わせたプレイリストをお届けします。あと、グラスにはメモリが付いているんですが、自分で作るとどうしても目分量になってしまいますよね?
Tad 「ちょっと濃かったな~」ってこと、ありますね。
蔵本 ありますよね。そこで、「今日はいやなことがあったし」あるいは「楽しいことがあったから」濃い目に作って飲みたいな、という時にもちょうどいい味を作りやすいように、グラスにメモリも付けました。さらに、それを投稿できるシステムも作りました。
Tad へぇ!
原田 みんなに「こうやったらすごくおいしかったよ」というのをシェアするんですね?
蔵本 はい。そういうシステムも設けて、今までにないような体験をしていただけるサービスを作っています。
Tad 氷を軸にして世界観をいろいろと構築されているんですね。氷って冷凍庫でできるけど、純氷、いわゆる本当にクリアで不純物のない氷というのは家では作れないから、それによって非日常感が家にもたらされるというのはすばらしいですね。
蔵本 本来そうあってほしいなというのがジレンマとして常にあったんです。どれだけ高いお酒やおいしいお酒があっても、氷の種類って限られているので。
原田 そうですよね。
蔵本 そこをどうにかするには……ということをずっと考えていたんですが、そうするとグラスから作らなきゃいけないなと思って。ようやく自分で納得して出せるサービスになりました。
原田 氷ファンが全国に増えて、もしかしたらそのサービスも輸出なんてことになったりしたら世界でさらにつながって、みんなでいろんな氷の楽しみ方をシェアできるようになったら、なんだかすごいことになりそうですね。
Tad 前回、お風呂に入っているときにアイデアが浮かぶというお話もありましたが、このサービスも蔵本さんが発想されたんですか?
蔵本 こういったことができないかなとずっと頭のなかで思っていたんですが、今回のコロナ禍で飲食店に行けない状況になったっていうのがトリガーになり、「あ、このサービスはすぐ出さなきゃいけない」と急ピッチで進めました。それでも2年くらいかかって、ようやくリリースできるかなというところです。
Tad 会社のみなさんに反対されたりは?
蔵本 意外とそのあたりは、スタッフたちも「きっと奇想天外なことをやるだろう」と理解しているみたいで、温かい目で見てくれてます。
Tad いい仲間に巡り合えたってことですよね。
蔵本 はい。本当に、いいスタッフに恵まれています。
いい仲間が集まる環境で、 蔵本さんのアイデアがどんどん実現されている。

ゲストが選んだ今回の一曲

Ado

「新時代」

「家族は僕の仕事の原動力にもなっていますが、子どもたちが毎日これを大合唱していて覚えてしまったのですが、実際の曲を聴いたことがなくて、これは本物をちゃんと聴いておかないといけないなということで選びました」(蔵本)

トークを終えてAfter talk

Tad 今回はゲストに『株式会社クラモト氷業』専務取締役の蔵本 一彦さんをお迎えしましたけれども、いかがでしたか、原田さん。
原田 蔵本さんの熱い思いが通じて、氷が海を渡ったっていう驚きがまずありましたし、かつて氷は冷やすためだけのものでしたが、今やいろんな意味で生活を彩ってくれるものに……氷は透明ではありますが、そうなってるんだなと思いました。これからの氷が本当に楽しみです。
Tad そうですね。氷を輸出するだとか氷のサブスクだとか、蔵本さんは氷の可能性の限界まできっと走り続ける人だと思います。日本のかき氷は英語でも「kakigōri」としてWikipediaにも記事があったりするんですが、実は蔵本さんたちが取り組んでいるのは、かき氷を日本の食文化の一つとして広める活動でもあって、これが実はアメリカの現地メディアにも取り上げられたりもしてるんですよね。確かな製氷技術や氷加工技術を『株式会社クラモト氷業』が研ぎ澄ませてきたからこそ、誰もやったことのない発想で、氷やかき氷が海を渡りました。そしていつしか「氷といえばジャパン」、あるいは「氷といえば金沢」、さらに「氷といえばクラモト」と、ブランドを確立することができるんじゃないかなと思います。『株式会社クラモト氷業』さんが氷の歴史をまさに作っていく瞬間に、我々は立ち会っているのかもしれません。

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