後編

物流の側面から日々の暮らしや行動に変革を起こす。

第10回放送

株式会社ビーイングホールディングス 代表取締役社長

喜多甚一さん

Profile

きた・しげかず/1966年8月31日、石川県かほく市生まれ。創業1986年の総合物流企業『株式会社ビーイングホールディングス』の代表取締役社長。石川県金沢市と東京都千代田区の二本社体制で、全国39か所に拠点があり、従業員数は約2,000人。趣味は釣りのほか、読書は特に中国古典を好んでいる。

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Tad さっそくですが、前編では『ビーイングホールディングス』の事業内容について、輸送・保管・包装・荷役・流通加工・情報システムの構築という6つの機能のお話があったかと思いますが、以前、喜多さんのインタビュー記事か何かを拝見した時に「運ばない物流」というキーワードも入っていたと思うんです。「運ぶ」とおっしゃられていたのに、これは一体どういうことなんでしょうか?
喜多 「運ぶ物流」というのは、依頼されたものをどう運ぶのかを効率化することに特化しているんですね。果たして効率化というところだけでいいんだろうかという点を考えると、実は効率化というのは様々に手が尽くされてしまって限界にきている。メーカー、卸し、小売りの流通経路を「サプライチェーン」と言いますが、そのサプライチェーン全体の中で、効率化ではなく「合理化」するための一つのキーとして、運ぶことに対する効率化ではなく、運ぶプロセス全体を合理化して、できるだけ「運ばない」ような仕組みを作りましょう、というのが「運ばない物流」という考え方なんですね。
Tad 運ぶことの効率ばかり考えるのではなくて、プロセス全体ですから、物ができたりつくられたり動いたりしていく過程全体がちゃんと合理化されていくべき、ということですね。
喜多 そうです。
原田 そうすると見方がぐるっと変わる気がしますね。
喜多 たとえばメーカーの倉庫があって、卸しの物流センターがあって、そして小売りの物流センターが存在しているとします。それは、たまたま違う場所にあるだけなんですね。その間に物を保管したり運んだりというプロセスが発生するわけですが、これが一つの大きな倉庫の中に、メーカーの在庫、卸しの在庫、小売りの物流センターがあったら「この中で物を実際に運ぶ必要性は、はたしてあるんだろうか?」ということなんです。
Tad 運ぶことが必ずしも合理的ではない、というケースがあるんですね。
喜多 そうなんです。それぞれの拠点でそれぞれの管理方法で重複する作業をなくしていこうということです。できるだけ物に触らない、できるだけ、物を管理したり商品を移動させたりする手間を少なくしていくためにはどんな仕組みが必要なのかを考えて、それをサービスとして提供していく、というのが「運ばない物流」というものですね。
物流拠点の構内の様子。
Tad 運送業だと「いかにたくさん運ぶか」ということが商売のかさを増やすことに繋がるのではと思いますが、全体合理化という考えだと、やはり運送業じゃなくて物流業だということですね。
喜多 そうなんです。
原田 そうなると、消費者の立場から見れば「早く届く」ということですよね。
喜多 もちろんそうです。
Tad 手間が減りますからおそらく値段も安くなり、全体が合理化されていくということですね。「運ばない物流」ってすごくイノベーティブなキーワードで、それ自体をイノベーションにしているようなものだと思います。『ビーイングホールディングス』で取り組まれていることそのものがイノベーティブだと思うんですが、ぜひそのあたりを伺っていきたいと思います。喜多さんご自身が、これから会社を通じて世の中に送り出していきたいと考えていらっしゃる新しいイノベーションというものには、どういうものがあるんでしょうか。
喜多 そうですね。まずひとつは、「運ばない物流」というサービスの展開の一つとして、合理化するということは当然なんですが、その中で巷でよく言われている「働き方改革」だとかAI、IoTといった技術を駆使して、できるだけ今よりももっとミニマムに、消費者が存在を感じないくらいのスピーディーなサービスができるような仕組みを今後構築していきたいと考えています。
たとえば物流センターというのは、生産地や消費地の近くにあったほうがいい。今はもっぱら消費地の近くではなくて生産地の近くに物流センターがあって、「ラストワンマイル(注:物流業界においてはエンドユーザーへ商品を届ける物流の最後の区間を意味する。最近ではラストワンマイルを縮めてサービスを強化する動きが活発化している)」といいながら、実はものすごく長い距離を物流サービスというネットワークを使って運ばれてくる。それが、全部「単品輸送」なんですよ。ですからトラックやドライバーがまったく足りないという状況が起きている。これを、あらかじめロットで輸送する計画を立てられないだろうかと考えています。
石川県に住んでいらっしゃる方々がこれから1週間でトイレットペーパーやティッシュペーパーをどれだけ消費するのか、どんな食べ物をどれだけ消費するのか、これらはデータを分析すれば必要な備蓄量が計算できます。石川県の消費者がたとえば今後2週間で消費する量の在庫モデルを計算できるというわけです。人間の手でやることは難しいと思いますが、今のコンピュータの技術を使って、AIで分析することで、だいたいの消費量をトレンドも交えながら、これぐらいの備蓄が必要だとわかると、すでに石川県の方々が消費するであろうと思われる在庫をあらかじめその地域や消費者のできるだけ近い場所に移動させてしまうのです。
物流管理室では物やトラックの動きを見ることができる。
原田 まとめて運んでおくということですね。
喜多 そうです。とはいえ、言うほど簡単にできることではなくて、これは流通に携わるみなさんの協力やデータの共有というものが必要になります。しかしそれを実現すれば、今の「ラストワンマイル」が本当に「ラストワンマイル」になる。例えば、今日の午前中にネットで注文したものが夕方に届く、しかもそんなにコストをかけずに、ということも実現できるということですね。
Tad それは基本的には中間拠点のメッシュを細かくしていくということなんでしょうか。
喜多 今は生産拠点から網目のように張り巡らされた流通経路になっています。ところが、需要のある拠点、消費拠点の近くに在庫をストックするというのは、各供給者からはロットで輸送をすることが可能なので、実際に単品で細かく輸送する距離は短くなっていくということです。メガホンでたとえると、口の小さい方がこれまでと逆になるみたいな、そんな感じになりますね。
原田 なるほど。たくさんのものをまとめて運ぶ部分はちょっと長いけれども、その代わりに細かく運ぶ部分は短距離になるということですね。
喜多 そうです。ロットによる輸送の効率化をさらに高めていく、その中で仕組みの合理化を進めて、消費者が今よりもっと豊かな消費生活を送れるようにするための仕組みづくりを、情報システムを駆使してデータ共有する、そうしたネットワークの構築に今もっぱら力を入れています。
Tad 自分自身、何気なく通販で単品買いをしてしまったりして後悔することもあります。ドライバーさんに申し訳ないですね。
原田 大きな箱で小さいものが届いたりとかね。申し訳ないですよね。
Tad でもそれを後悔しなくてもいい時代がくるかもしれないと。
喜多 そうですね。
原田 時代が今急激に変わっていますよね。喜多さんの時代を見る力というものは、どのように養われていらっしゃるんでしょうか。
喜多 そうですね。時代感覚というものは本当に大切だと思っていまして、1980年代だと思いますが、僕は一冊の本と出合って「時代感」というものを意識するようになりました。アルビン・トフラーというアメリカの未来学者が書いた「第三の波」という書籍の中に「生産=消費者(生産活動を行う消費者)」を意味する「プロシューマー」という表現が出てきます。今、現実社会としてプロシューマーの時代になっているわけですが、この現象について、当時すでにその本に書かれているんですね。今起こっている様々な現象についてもそれにあててみます。そのあとに今度はピーター・ドラッカーという人が「ネクスト・ソサエティ」、つまり「次の社会はどうなるんだろう」ということを書籍にされているんですけれども、その中でも「次の社会はこういう風になるよ」と、まるでトフラーを踏襲したかのようなものがちゃんと書かれている。そういう中で一つの方向性を自分の頭の中に置いた上で、今周りで起こっている現象を論理的に考えてみて、そのパターンのどれなのかというところにはめていく。そして、確かにその方向に進んでいるのだろうかという時代感とそのスピードのスケールをなんとなく肌で感じながら、「時代を計っている」というのが正直なところかと思います。
原田 なるほど。
Tad 今、目の前で起こっている現実を論理立てて解釈したり、あるいはその偉大な先人たちが残した理論の中にそのヒントがあるんじゃないかと考えるわけですね。
原田 そうやって変換していくことは結構パワーのいることだと思います。自分のやり方にこだわりたい部分もおありかとは思いますが、そこを変えることの大切さっていうのはやはり感じていらっしゃるんですか?
喜多 そうですね。かつては産業が社会を変えていくという流れは非常に強かったと思うんですね。ところが今の社会というのは、むしろ消費者が産業を変えていったり、市場を変えていく力が非常に強いので、むしろそのイノベーターたち、これから事業を起こそうという方にしてみたら、いかに消費者を理解するかによってビジネスチャンスってどんどん生まれてくると思いますし、そういうことが時代を変えていくものになる。無理やり今変えようとしなくても、必ず変わっていく。変わっていくんだったら、どのようにそこに向かっていくのか。僕はサーフィンをしないですが、サーフィンって波に向かっていくことで波に乗れますよね。みんなが波に乗れるとは限らないけど、少なくとも背を向けていたんでは波には乗れない。だから、時代の波が押し寄せてきても、そこにはやっぱり勇気をもって向かっていって、いいタイミングでその波に乗っていくために時代の変革者となっていかなくてはいけないと、僕は思うんですね。

ゲストが選んだ今回の一曲

ゆず

「栄光の架橋」

「33年間、社長として仕事をしてきた中で、いろんな思いがありましたが、おかげさまで、今まで出会ったお客さまや従業員の方々のお力を借りて、ここまで来ることができました。自分たちの信じていることをいろいろ迷いながらもやってきましたが、今はたくさんの支えてくれる社員と、よき理解者であるお客さまがいらっしゃる。その社員とお客さまを信じて“まっすぐ進んでいくしかないぞ”という気持ちが、この歌詞と重なるようで、僕は非常に共感を覚えます」

トークを終えてAfter talk

原田 ちょっと話がそれるかもしれないですが、私は朗読をさせていただく機会がありまして、その時は「しっかり映像を頭の中に描いて朗読をしないと聞いている人にちゃんと伝わらないよ」と言われるんですが、喜多さんのお話って映像が見えるんですよ。
Tad 確かにそうでした。
原田 サーフィンのお話もそうでしたし、本当に頭の中にすごくクリアなビジョンがあってそれをしっかり理解して人に伝えたり実行されているんだなというのを実感しました。Mitaniさんはいかがでしたか。
Tad 産業が社会を変えるのではなくて、社会が産業を変えるようになってきているといったお話を対極的にしていただきましたけれども、未来の社会の姿形はこうなっていくだろうという『ビーイングホールディングス』としての仮説に基づいて、自分たちのお仕事や事業をちょっとだけ先回りさせておく、未来が訪れる準備をしていると、そういったお話が印象的でした。社会は間違いなく次の時代の形に向かっていて、消費者としての私たちの日々の暮らしや行動を『ビーイングホールディングス』が物流という側面から変えて、また、支えてくださっている。「石川県にすごい会社がまたひとつ見つかった」という思いです。
原田 まさにそうでしたね。そして私たち消費者が社会を変えていく中にあって、これからの物流はどうなるのか・・。
Tad 人が生きていく以上は必ず、物が動いたり保管されたりしているわけですからね。
原田 はい。これからますますどんなふうになっていくのか楽しみでもありますね。

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