前編

建築の「余白」を意識する。

第78回放送

株式会社山岸建築設計事務所 代表取締役社長

山岸敬広さん

Profile

やまぎし・たかひろ/1978年生まれ。2001年、芝浦工業大学建築学科を卒業。2003年、金沢工業大学大学院修士課程建築学専攻を卒業後、『香山壽夫建築研究所』(東京)に所属。2008年より『株式会社山岸建築設計事務所』(1951年創業 所在地:金沢市中村町)に勤務、2013年、代表取締役社長に就任。

山岸建築設計事務所Webサイト

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Tad 今回のゲストは『株式会社山岸建築設計事務所』、代表取締役社長の山岸敬広さんです。時々、お目にかかって、お話や食事をご一緒させていただいたりと、急速に親しくさせていただくようになりました。先日、創立70周年を迎えられたということで、誠におめでとうございます。
原田 おめでとうございます。
山岸 ありがとうございます。先日、事務所のOBの方とも話す機会があり、70年という歴史の重みや大切さを感じました。
Tad 70周年ということは、山岸さんご本人は3代目でいらっしゃるわけですね。
山岸 はい、そうですね。
Tad おじいさまの代に創業されて、お父様、山岸さんと、3代続いている建築設計事務所ということですね。会社としての事業は創業時から変わらずに現在までこられたのでしょうか?
山岸 設計は、基本的には世の中のニーズによって変わっていきます。少し前だと、老人ホームなどの社会福祉施設のニーズが高かったですし、平成の自治体の合併時には、学校関係の変遷があり、新しい学校が次々に建ちました。そんなふうに経済や社会の流れに合わせて、僕らの仕事も自然と変わっていく感じですね。
Tad 『株式会社山岸建築設計事務所』はこれまでにどういうお仕事をされて、どういったお客様がいらっしゃるのか、お聞きしてもよろしいでしょうか。
山岸 当社には40名近いスタッフがいまして、意匠といって全体的に建築をする部署と、専門的に設備の設計をする部署、構造の設計をする部署の、大きく3つに分かれています。それぞれの専門スタッフがいてトータルな建築を提案できるということで、大きな病院や学校から小さな商業施設や店舗まで、幅広く手掛けております。
原田 建築といっても、いろいろと分野があるんですね。
Tad 意匠というと、建物の外観をイメージすればよいでしょうか?
山岸 基本的には骨格です。意匠を人間の体で喩えると、今、目で見えている体全体ですね。構造は骨にあたります。建物における設備は、血液や内臓といった循環物と考えてもらえば分かりやすいかもしれません。
Tad お仕事のお相手というのは、自治体のような公共も、企業といった民間もあるのでしょうか?
山岸 手掛けている半分は公共の建物の仕事で、半分は民間の仕事ですね。民間といっても、いろんな用途の建物があります。会社として70年の歴史があるので、『石川トヨタ自動車株式会社』さん、学校法人では『金沢工業大学』さんとは、それぞれ3世代に亘って、60年近いお付き合いをさせていただいています。
Tad 例えば学校だったら「こういう建物にしましょうよ」と山岸さんたちが提案されるのでしょうか?
山岸 クライアントさんからご依頼を受けると、それぞれに目的があって、「こういう機能や部屋が欲しいとか、こんな空間が欲しい」というふうにお話があります。その時に細分化して、学校なら何人の教室がいくつ必要なのかということもすべてお聞きするのですが、それを並べただけだと建築としてはつまらないんですね。余白をどう作っていくのかが大事。それは廊下のような空間だったりしますが、一つの単位と単位をどう繋げていくか、それが建築の醍醐味だと思っています。
原田 なるほど。必要な部分以外もあってこその建築であるということですね。
山岸 例えば住宅地に家が並んでいますよね。家から一歩出ると、街になる。歩道があって、道路がある。家は一つずつ並んでいて、それぞれに道路に接続して、景観樹があって、というように街並みは出来ています。建築の箱の中も一緒で、どういう部屋が並んでいて、一歩部屋を出た時にどういう空間があるかというのがとても大切なんです。「空間ってどう作るの?」という時は、一つの建物の中で街を作るようなイメージで考えると分かりやすいですね。
Tad デザインは人の行動に影響を及ぼすと思いますが、そのあたりはどこまで意図して作っていらっしゃるのでしょうか?
山岸 対象者は明確になっているので、この人はこういう動きをするだろうなとは考えますが、実際に建った建物を訪れてみると、全然想像しなかった動きをしたりしますよね。そういうことも含めて、できるだけ単一的な行動原理で造らないようにしています。いろんなことがそこで生まれることを意識していますね。
Tad それも含めて、余白を作るということが大事なんですね。
山岸 機能を突き詰めると、刑務所のように人間の行動を制約するような建築になってしまうのではないかと思います。
原田 なるほど。70周年を迎えられたということで、元々おじいさまが『株式会社山岸建築設計事務所』を興されたということですが、最初はどういうお仕事を、どんなふうに始められたのでしょうか?
山岸 戦後まもなく創業したということで、最初は戦争から帰ってきて国の戦災復興院に所属しながら県庁で建築資材を配給するところから始めました。世の中に物資がない時代でしたから配給から始めて、その後、復興で街をつくらなければいけないという時に、学生時代に勉強した設計のノウハウを活かし、国や県が整備するものの民間の仕事、例えば学校の小さなトイレを創るような仕事から始めて、少し経ってから大きな学校もできるようになってきた、という感じですね。
Tad 少しずつ担当できる物件のスケールも大きくなっていったのですね。今日に至るまでに、例えばどういった建物を手掛けてこられたのでしょうか?
山岸 野々市で曽祖父が昔の旅館を買って、その家を改修しながら4世代に亘って代々住み続けています。そうしたご縁のある野々市の建物で言えば、野々市中学校が木造から初めてコンクリートの校舎になった時に祖父が設計をしました。全国のモデル校のような形でいろんな視察があったと聞いています。
野々市にある山岸さんの自宅パース。4世代で継承し続けており、庭の奥に子世帯住居を増築している。
昭和30年代の野々市中学校。山岸さんの祖父が設計を担当した。
Tad コンクリートの学校自体、まだ世の中にない頃だったんですね。
山岸 ポツポツと出だした頃ですが、自治体として初めて造ったということとデザイン性も含めて、参考になったところがあったんでしょうね。
原田 もともと、おじいさまが野々市に住んでいらしたということもありますが、ある意味、街づくりを始められたというような感じでしょうか。
山岸 そうですね。
Tad 最近でいうと、どんな建物を設計されましたか?
山岸 先ごろ竣工したばかりの国立工芸館を設計させていただきました。
Tad あの国立工芸館を!
山岸 はい。あの国立工芸館です。
歴史建築物が集まる本多の森の中心に、山岸さんが設計に携わった国立工芸館が佇む。
Tad 石川県の設計事務所が設計されたということですね。
山岸 よくそんなふうに言われます。設計だけじゃなくて工事も全部、「オール石川」で建てることができました。設計の途中で何度か心が折れそうになりましたが、結果として、やりきって本当によかったなと思います。
Tad 設計された立場から見て、地元の人間が担当できてよかったというのはどんなところですか?
山岸 地方分権の一つの大きな流れの中で、東京にあった国立工芸館という国立の施設が地方に来るというこのプロジェクトは、文化庁の京都移転と同様に、地方分権の象徴的なプロジェクトでした。それも県の所有していた古い軍の木造建物を2つ活かしながら造るということですから。金沢という街と日本の地方を象徴するようなプロジェクトに携わることができてよかったです。
Tad 石川県にもいろんな建築設計事務所があると思いますが、『株式会社山岸建築設計事務所』らしさというのは、どういうところにあるんでしょうか?
山岸 僕が思うところですが、「尖がっていない」と言いますか、「優しい」というのは言い過ぎかもしれませんが、「普段着っぽい」というか、そんなイメージなのかなと思いますね。
Tad それは建物として奇抜ではないけれども肌に馴染む、というような感じでしょうか。
山岸 そうですね。なんとなく「優しい建築」と言いますか、万人の誰しもが「いいね」というぐらいのニュアンス。「すごいのができたね」というよりも、「なんとなく居心地がいい」、そういう感じが「当社らしさ」かもしれませんね。
原田 今日は山岸さんご自身もリラックスしたスタイルでスタジオにお越しいただきました。お仕事の時はスーツをバシッと着ていらっしゃると思いますが、居心地のよさって建物にとってとても大事なんじゃないかなと思います。
Tad 調和と主張のバランスをとても考えられていらっしゃるんですね。
原田 おじいさまの時代から受け継いでいらっしゃる部分でもあるのでしょうか?
山岸 そうですね。会社の中を見ても、今、最高年齢で77歳の方がいらっしゃって、一番若いスタッフで23歳なので、それだけの年齢幅で一つ屋根の下で設計している事務所というのも、他にはあまりないのかなと思いますね。そのあたりで生まれる調和も特色かもしれません。
Tad いろんな世代の人が見た時に、馴染む形を探ることができるということですね。
山岸 そのバランス感覚はあるんじゃないかなと思いますね。でも時代の層が重なっていて、それぞれの時代に「革新的な建物を造りなさい」といろんな方からも言われるんですが、「革新ってなんなの?」というテーマは常に持っていますね。保守、安全を狙っているのではなくて、本当にいいものというのは、ぱっと見たときに「斬新だ」とは思わなくて、じわじわと斬新さを感じさせるものが本物であり、いいものなんじゃないかな、というのが自分の中ではありますね。

ゲストが選んだ今回の一曲

Shanice

「I Love Your Smile」

「90年代にクラブでよくかかっていた曲です。大好きな曲で、結婚式の時は妻の入場テーマにこの曲を選びました。僕の中では本当に“幸せソング”で、聴いていて幸せな気持ちになります」

トークを終えてAfter talk

Tad 今回はゲストに『株式会社山岸建築設計事務所』、代表取締役社長の山岸敬広さんをお迎えしましたけれども、いかがでしたか、原田さん。
原田 建物というと表面的には街の顔であり、また、住む人や使う人にとっては自分を守ってくれるものでもあるわけですが、その「余白」の部分にこそ設計する方の思いがあるというのをお聞きして、これから建物を見る目が変わりそうだなと思っています。Mitaniさんは、いかがでしたか。
Tad そうですね、意図することと意図しないことの余白というキーワードや、金沢や石川県という街並みを前提にした時の調和と主張のバランスとか、そういうお話をうかがいましたが、私も建築物をそういった評価軸で見たことがなかったので、今までなんと浅はかな見方をしていたんだろうと思いました。再び山岸さんをお迎えする次回に向けて、私も山岸さんの事務所のWebサイトで作品の予習をしようと思います。

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