前編

食パン専門店の確固たる地位を築くまで。

第30回放送

SHINDEX株式会社 代表取締役社長

新出純一さん

Profile

しんで・じゅんいち/1976年、石川県金沢市生まれ。高校卒業後は家具製造・取り付け大工や、自動販売機のルート営業を経て、2003年頃よりいくつかの店舗にてパン作りを学ぶ。2011年7月、金沢市神宮寺に『新出製パン所』を個人で開業。2014年、『SHINDEX株式会社』を設立。

新出製パン所Webサイト

インタビュー後編はこちら

Tad 今回のゲストは、『SHINDEX株式会社』代表取締役社長、新出 純一さんです。「SHINDEX」というとちょっと聞き慣れないかもしれませんが、『新出製パン所』と言えば石川県に住んでいる人なら誰もがピンとくると思います。
原田 そうですよね。知らない人はいないというくらいに、パン好きでなくても知っていると思います。
新出 ありがとうございます。
原田 体格ががっちりとされていて、ちょっと日焼けした顔が…
Tad とてもパン屋さんには見えないですよね。
新出 これは褒められているのかな?(笑)
原田 「こんなパンがあるんだ」といつも驚かせてくれるのは、やっぱりこういう社長さんだからこそなんだなと、今感じております。
Tad 『新出製パン所』というと、石川県内では誰もが知っているパン屋さんだと思うんですが、行列のつく食パン専門店ということで、時にはお客さんを抽選することもあるとか。
原田 そうなんです。お店に行っても、買いたかったパンが売り切れてしまったということが結構あるんです。でも、「別のパンもおいしそう」という気分にはなるのですが。
金沢市浅野本町にある『新出製パン所』金沢本店。石川県内における食パン専門店の先駆け。
Tad 食パンは一日にどのくらい売れるのでしょうか?
新出 現在は約3000本です。
Tad原田 3000本!?
新出 はい。多い時で3000本、少なくとも2000本は焼いています。いろんな種類があるので、トータルの数ですけれどね。
原田 すごいですね。それでも買えない方がいるということですもんね。
新出 そうですね。でも、職人が作るものなので無理はさせられない。無理をするとパンに影響が出て、味が変わってしまいます。そこはあくまで無理のない範囲でやってます。
原田 ちゃんとご自身の目の届く範囲で、味の管理がきちんと出来る数しか作らないということですか?
新出 やりようによっては5000本でも作れるんです。でも、数をあえて抑えているというのは、そういう理由です。
原田 ホームページを拝見したら、新人の職人さんが作るパンは少し形が悪かったりするけど、それを少しお安く販売するということもされていますね。人材育成もすごく一生懸命なさっているんですね。
新出 新人研修はやはり失敗がつきものです。その失敗した規格外のパンを本社で、安値で販売することがあります。賽銭箱を置いて無人販売をしておりまして、お客様がお金を入れてくださるんですが、ありがたいことに、賽銭箱に入っている金額は思ったより多くなる傾向があります。研修社員へ「頑張ってくださいね」という応援の意味合いもあるのかもしれません。
Tad 私も今回、新出さんをゲストにお迎えするにあたって、『新出製パン所』の食パンを買って食べたんですよ。他の食パンでは味わえない、何とも言えないいい香りと、もちもちふっくらとした焼いた時のあのいい感じと言いますか、上手く表現が出来ないんですが…。
キメが非常に細かく、噛むほどに小麦本来の香ばしさと素材の深い甘みを強く感じられる「加賀極」。
原田 わかります。ちょっと甘みがあるんだけど、あくまで「ほんのり」で、味を探していくと何かの甘みがするというような。何か入っているものや配合に秘密がいろいろとあるんでしょうか?
新出 一般的にプレーンタイプの食パンというとだいたい味気のないものが主流なんです。お二人が共通しておっしゃる「甘み」に関しては、私が起業した時に感じていたことがありまして。金沢は和菓子文化ですよね、甘いものが好きな文化。そうした味の好みに合わせて甘めのパンに仕上げたというのもあります。私も甘党なので。
原田 そうなんですか?
新出 甘いものは大好きです。今でもホールケーキを一人で食べてしまうくらい(笑)。
原田 確かに「甘い系」の食パンはラインナップの中にたくさんありますよね。
新出 もうほぼ「甘い系」ですね。チーズが入っているものもありますが、商品の8割は、甘いパンです。それはお客様の好みもありますし、売れ行きも甘党派が大きいですね。
Tad 食パンというと、バターやジャムを塗って自分で味をつけて食べますよね。だから普段はパン自体にそんなに味を感じていないことが多いように思うのですが、『新出製パン所』の食パンは、パン生地を味わうために買うものなんだなということを感じながらいただきました。
新出 Mitaniさんに答えを全部言われました(笑)。その通りです。私はその思いもあって、味付けのものにしたというのもありますよ。食パンはバターやジャムを塗ったり、トーストするのが当たり前という中で、それを度外視したと言いますか。今ではそんな食パンは当たり前になっていますが、それまではなかったんですよ。
原田 2011年に開業ということですが、それまでは食パン専門店というのは、多分聞いたことがなかったような気がします。
新出 ほぼなかったですね。しかも食パンだけに特化したものと、「専門店」という謳い文句。この二つとも、当時はまだなかったですね。だから、開業するにあたって周囲の人達からすべて反対されました。
Tad パン屋さんの開業というと、いろんなお総菜パンや食パン、クリームパンみたいな菓子パンがフルラインナップで揃っているという感じですよね。
新出 そうですね。
Tad そこに新出さんが現れて、「食パンだけでやります」と。
新出 風雲児(笑)。
Tad そうですよ。
全国的に見ても食パン専門店は少なかった開業当時。周囲から猛反対にあったという。
原田 確かに専門店がまだない状況だったら、食パン専門店と言われても「え? あの白い食パンをずらっと並べるの? 専門店って何?」となりますよね。でも新出さんの中には、専門店としてそれ以外の考えがあったわけですよね。
新出 あんまりなかった。
原田 あれ?(笑)
新出 あんまりなかったのですが、「人と真逆なことがしたい」というのはありました。
Tad原田 真逆?
新出 つまり、フルラインナップでやるんじゃなくて、単発的に集中してやる。これって真逆でしょう? それに、真似するより真似される側に回りたい。今では真似されているでしょう?
Tad そうですね、今やもう食パン専門店なんていっぱい出てきましたよね。
新出 先駆者です。
原田 そうですよね。やっぱり人がやってないことをやりたいというのは、新出さんのベースとしてありますか?
新出 ありますね。何をするにしてもそうです。自分は真似したくないんです。
Tad そうは言っても、食パン専門店を2011年に開業された時というのは、やはり大変だったんじゃないですか? 周りからは反対されたとおっしゃっていましたが。
新出 銀行の融資反対はもちろんのこと、業者さんからもパンを作る機械を入れる時に反対されました。「そういうやり方では不安なので、卸すことはできません」と。あとは家族にも猛反対されました。実は黙ってやっていたんですが知られてしまって。頃合いを見て「やります」と正式に表明しました。
原田 なんとかオープンに漕ぎつけたという感じなんですね。
新出 ええ。準備から3か月でオープンさせる予定が実際には1年かかりました。さらに最初の3か月は売れなかったですね。告知をする資金もなくて、家族や親戚に「オープンするよ」と言ったぐらい。あとは近所のお客さんがちらほら。ここだけの話、正直、食パン専門店だと最初はイキがっていましたが、近所の人たちから「カレーパンはないの?」、「メロンパンはないの?」と言われたんです。その時は、とにかく売り上げを作りたかったので、言われるままに作りました。だから、最初は食パンよりそっちのほうが多かったんです。
原田 そんな時期もあったんですね。
新出 3か月後に雑誌に取り上げられて、そこからです。
原田 知れ渡ったらもう、そこからはパーッと早かったということですよね。
新出 一瞬でした。
Tad そこからは反対された方々も、認めてくださったんじゃないですか?
新出 まあ、手の平を返すという感じでしたけれど、それが私は嬉しかった。むしろ、それが味わいたいがために頑張ったというところはあります。売れない時期も努力はしないといけないですし、パンも作らないといけないので。私は努力を苦とは思わず、むしろ努力を楽しく感じると言いますか…そういうスタイルをとります。でも、その努力は誰にも見せません。
Tad 食パン専門店でここまでヒットすると、ご自身では想像されていましたか?
新出 正直言うと、想像していませんでした。ここまで来るとは思っていませんでしたね。自分が敷いたレールを進めばいいという感じで軸はぶらさずに来ましたが、ある時を境に、お客様の方からレールを敷いてくれたんです。今はそれに乗っているという感じですね。お客様と私の「いたちごっこ」のような。必ず2歩3歩はお客様よりも先に行くという信念でやっていますが、お客様が作ってくださる道は出来るのが早いんです。
Tad 面白い表現ですね。お客様のニーズの変化やスピードというのは、食パンの世界で言うと、具体的にどういうことなんですか? 
新出 簡単に言うと「作っても売り切れ状態」でしょうか。これはお客様が先を行ってますよね。それから開業当時はプレーンタイプの白い食パンしかなかったんです。それがお客様に要望を聞いているうちにチーズや豆だったりいろんな素材を使った食パンが生まれて、知っている人は知っているんですが、多い時には食パンだけで34種類くらいあったんですよ。それを半分に減らしました。その34種類も、お客様の声を聞いてお客様に追い越されないように必死にやったことです。でも、ある時を境に従業員も増えてきて、私も一人で食パンを作る時間を捻出できなくなって、ある時期から34種類も製造できなくなったんです。それで半分に減らして。今は自分の目の届く範囲でやっています。
Tad それでもやっぱり種類としては多いですよね。新出さんご自身は、今もパンを焼いているんですか?
新出 作りたいのはやまやまなんですが、私、結構前から小麦のアレルギーで、特に当社で使う小麦粉に対するアレルギー持ちなんです。作ると喘息になるので、極力避けていますが、工房に入って製造工程のチェックはしています。
Tad 他の従業員の方が作ったパンの味見もするんですか?
新出 味見は生の生地を焼く前に、白い生地を口に入れてガムみたいに食べてやります。
原田 それが一番、味がわかるということですか?
新出 そうなんです。生地は焼く前の風味が一番強いので。焼いてしまうとやはり味が飛ぶようなところがあります。仕込んだすぐ後が、感覚的に一番わかりやすいですね。
Tad 体を張ってパンを作っていらっしゃるんですね。
新出 そうですね。一時は防護マスクをしてやっていました(笑)。

ゲストが選んだ今回の一曲

GLAY

「HOWEVER」

「カラオケで昔から歌う十八番です。単純でわかりやすいでしょ? 今からでも歌いたいくらいですね(笑)」

トークを終えてAfter talk

Tad 今回はゲストに『SHINDEX株式会社』代表取締役社長、新出純一さんをお迎えしましたが、いかがでしたか、原田さん。
原田 実は以前、雑誌で新出さんのお写真を拝見した時は「ちょっと近寄りがたい方なのかな」と思っていましたが、今日お会いしてみたらすごく自然体で飾らないお人柄だなと思いました。型破りな方ですが、「やってやるぞ」という芯が絶対ブレない。それが今に繋がっているのかなと感じました。Mitaniさんはいかがでしたか?
Tad そうですね、パンを作りすぎて小麦アレルギーになってしまったというのは驚きました。それでも新しい、おいしい食パンを世に送り出し続けていらっしゃる。まるで耳の聴こえない大作曲家、ベートーヴェンのような方だなと思いました。『新出製パン所』の食パンは確かにおいしいですが、食パン専門店という切り口やポジショニングを確立したことが最大のイノベーションの一つだと思います。ただ、今となってはまったく想像ができませんが、周囲の方々も銀行も猛反対する中で、それでも新出さんはたくさんのフォロワーを作った。やがて食パン専門店もたくさん出てきました。そして、「食パンといえば『新出製パン所』と最初に思い出す、想起するブランドになっている。この一連の動きを作ったことが新出さんのすごいところだなと思いました。リスクもあったかもしれませんが、そこに挑むことの大切さをすごく感じました。それと、すごく印象的だったのは、「お客様よりも1歩でも2歩でも先に行きたい」、「食パンの持つ価値をアップデートし続けるんだ」というお話にあった「お客様とのいたちごっこ」という表現、これはすごく勉強になりましたね。

読むラジオ一覧へ