後編

海外でも文化・風土に根付く「ハチバン」の魅力。

第35回放送放送

株式会社ハチバン

代表取締役会長 後藤 克治さん

Profile

ごとう・かつじ/1950年、石川県加賀市生まれ。1969年に高校卒業後、『株式会社アートコーヒー』に入社。翌年、『株式会社ハチバン』(創業は1967年。国内外で280店舗を展開)の前身となる『株式会社八番フードサービス』に入社。営業部長、常務、専務を経て、2014年3月に代表取締役社長に就任、2020年3月より代表取締役会長。

Tad 今回のゲストは前回に引き続き、『株式会社ハチバン』代表取締役会長、後藤 克治さんです。海外に『8番らーめん』が142店舗あるというのは北陸の方でも知らない人が多いのではないかと思いますが、最初に海外に出ようとしたきっかけは何かあったんですか?
コロナ禍でのタイの「8番らーめん」店舗の営業風景。
後藤 長兄が創業、2代目は上場、3代目は海外進出をしました。僕は4代目ですが、5代目にも言っているのは、自分が社長の時に誇れるものを持てるかどうか。それがあると企業は成長すると思います。そして僕も社長の時に「何をやるべきか」ということを考えました。海外進出のことは3代目の時のことで、僕は見ている方でしたが、まさか最初は海外進出するなんて思っていませんでしたし、望んでタイに出店したくて行ったわけでもなく、たまたまでした。タイのオーナーが福井に縁があり、染色関係の仕事をしに福井に来て、たまたま昼飯に「8番ラーメン」を食したのが動機になったということです。それで、お店がタイにできるまでには1年くらいかかったと思います。
Tad 染色の会社の方だったのですね。繊維関係の方で、たまたま日本に来ていた時にお昼ごはんで「8番ラーメン」を好きになって。
後藤 そうなんです。それを母国の人にも食べさせたいと。ですが私たちからすると「何を?」と思いました(笑)。こちら側からタイに出店したい気持ちがあったならば、それでよいのだろうけれど、いきなりタイに出店したいと言われたって、こちらは海外の経験もなければ…という時ですから。ですので僕の記憶では出店まで1年くらい、すったもんだした思い出があります。
原田 それだけその方の熱意がすごかったということなのでしょうか?
後藤 そうですね、その人が息子さん二人を連れて12月から2月の寒い時期に研修に来ていましたね。
原田 そうなんですね!
後藤 暑い国から、寒い時期の日本に来て、息子さんはお父さんの「やりたい」という気持ちを尊重して。本当に熱意がなければ来れないと思います。一生懸命学ぶ姿勢、熱意も感じました。
Tad 修業として来られたんですか?
後藤 そうです。僕らも日本語が通じない方たちに、どうやって研修してあげたらいいか四苦八苦した記憶が残っています。成功すればすべてが良いのだろうけれど、その時にはそういったマニュアルもない状況でしたから。熱意がすごかったということでしょうね。
Tad 今は香港やベトナムですとか、ほかの東南アジアの国々にも店舗を展開されていますが、それは現地で、「ぜひ『8番ラーメン』をやりたい!」という人と出会ったり、ご縁があったりした時に海外展開になるという感じなのでしょうか?
後藤 今のところ、タイ、ベトナム、香港で展開していますが、どの地域でも、向こうの方から「やらせてほしい」と言ってこられました。そういう方ばかりで、こちらからお願いしたことは一度もないです。これがフランチャイズの特徴でしょうか。
Tad 国内のお店も、前回のお話では「是非させてほしい」という方ばっかりだったと思うのですが。
後藤 そうですね。ですから、フランチャイズの本部と加盟店の観点から言うと、本部は天狗になっちゃうかもしれませんね。「させてやる」と許可する側ですから。加盟店と本部との間の関係をどのように上手くしていくかということがフランチャイズのノウハウなのではないでしょうか。割り切れるような話でもありませんし、契約というものがなくてもいいと思いますが、揉めごとがあってはいけないので、僕は契約が必要だと思っています。創業して50年経ちますが、おかげさまで小さな事件や事故はありましたが、加盟店から訴えられたことが一切ないというのは、僕は良好な信頼関係が築けてのことだろうと思っています。それが「ハチバン」の今の財産かなと思っています。
タイでも、心と心の結びつきを大切にしたフランチャイズを実現。
Tad 「これが『8番ラーメン』です!」という味や品質を守っていただく、そもそも「それをやりたい」という人がフランチャイズを申し込まれていますから、本来、関係性としてうまくいっているならば、本来契約はいらないよねと、そういうことなんですかね?
後藤 契約で縛ると、人間、おかしくなりますよ。それよりも、スタンダードは絶対に守ってほしいということだけです。彼らはすごく努力しました。日本から海外の店舗には一切、材料を持って行っていません。全て現地調達です。そうすると水も違えば温度も違って、質も違う。食べ物というのは生き物ですから、非常にその辺が難しい。条件は違っても一定の商品を提供するということをクリアしていかねばならない。タイに日本の方が行くと、タイの店舗のことを聞いて「懐かしい、タイにもあるんだ」とか、「タイでも食べることができてうれしかった」という人もいて、交流ができるということが僕はうれしいです。
原田 タイで食べてもやはり同じ味ということなのでしょうか?
後藤 同じにしているつもりです。ですが材料がどうしても違います。味噌も全部タイで調達するわけですから。ただし、量は変えています。少ないんです。
原田 少ないんですか?
後藤 例えば、日本で皆さんが食べる麺、あれは130グラムあるんですよ。タイでは90グラムなんです。
Tad それはタイの方が少食ということなんですか?
タイのメニュー「野菜らーめん(味噌)」
後藤 僕もそれはよくわからないんですが、日本では1日3食と決まっているじゃないですか。それが、暖かい国だと、5食くらいになっちゃうみたいですね。
原田 ちょくちょく食べるということなんですね。
後藤 タイの冬は意外と短いけれど、夏は長いからたくさん食べるんじゃないでしょうか。寒いときは3食になるだろうけれど、夏は5食くらいだから、1食分の量が少なくなるようです。ですので量は全部改善を加えました。
原田 134店舗がタイにあるというのは本当に驚きで、それだけタイの皆さんにも、愛されているということですよね。
後藤 愛されていますね。面白い話がありまして、タイに行くとタイ式マッサージがあるんですが、大好きでよく行くんです。そうすると「『8番ラーメン』を知っているか?」と聞きます。すると、どなたに聞いても知っているんですよ。知らないという人にまだ会ったことがないですね。
Tad タイでもソウルフードになっていますよね。
後藤 ちょっとショックなのが、僕がまだ日本で社長だった時に、「私が社長なんです」と言ったらタイのマッサージの人に「違う」と。「あれはタイで生まれたんだ」って言われて。その時にチップを出そうと思っていたんですけれどね(笑)
タイの店舗デザインも日本式・和風で、清潔で入りやすい雰囲気になっている。
原田 そこまで根付いているんですね。
後藤 そうですね。これは僕が一番びっくりしたことですね。本当に知らない人がいなくて。デートでもラーメン屋に行くんですって。これが日本人にはわからない。
Tad しかも価格が、日本の「8番ラーメン」よりもちょっと高いんですよね?
後藤 高いんですよ。だから、いわゆるデートでも使う。そしてラーメンというのは、向こうの皆さんからしたら中華ではなくて和食なんです。そして、日本の文化なんです。ですから向こうの人からすると日本に憧れるわけですね。だから僕らが一時期アメリカに憧れたみたいに、彼らは日本に、日本食に憧れる。そして、クーラーの効いたところでサービスを受ける、そういう感じですね。ですから、向こうの店舗にはカウンターはありません。全部テーブル席です。日本はカウンターでサラサラって感じですが、向こうへ行くとしっかりお話をして、食事を楽しむという感じなんです。そこにたどり着くまでに10年くらいかかりましたね。成功するまでに最初はもう…。
原田 大変な時期もあったんですね?
後藤 タイの習慣がわかるまでは大変でした。
Tad 1食の量とか、でしょうか?
後藤 量はまだ良いのですが、出店の場所ですね。初めは路地に出していたのですが、どうもうまくいかないというので、戦略を変えてショッピングセンター、いわゆる集合施設に出店して成功しました。また、タイの「創業者」、つまり『8番ラーメン』をやりたいと言った人ですが、素晴らしい話、面白い話があります。1号店を出すのに、東京でいうと銀座のようなところで『シーロム コンプレックス』という、タイの人は知らない人がいないというくらいの有名施設がありまして、「1号店を出すならそこしかない」となったわけです。そんなところで『8番ラーメン』なんてやらせてもらえないじゃないですか。そこで、20年分の家賃を先に払うからやらせてくれと。
1992(平成4)年にタイの「8番らーめん」の1号店がグランドオープン。後列右から2人目が、熱烈オファーをしてきたタイのオーナーのパイサル氏。
原田 えー!
Tad まだタイで誰も『8番ラーメン』を知っている人がいないから、信用がなかったというか、ある意味「どこの誰だ?」というところからのスタートだったんですね。それで20年分の家賃を払うから出店させてくれ、ということでしょうか?
原田 すごい!
後藤 その思い入れは、普通の立場では考えられないですよね。ですから「8番ラーメン」の味、商品の良さというのもありますが、やっぱりやる人の気持ちというか、そういう人と人の心、日本の「ハチバン」とタイがうまくミックスできた結果、今に繋がっているなと思います。
Tad 逆に海外展開から学ばれて、日本でのビジネスにフィードバックされたこともあるのですか?
後藤 やっぱり一番うらやましいのは、営業成績から言うと、タイは日本の「ハチバン」の成績を上回っているんですね、客数も、利益もすべてにおいて。やっぱり原点は、うちは一応複合というか、居酒屋とかいろんな事業をやっていますけれど、タイは「8番らーめん」しかやっていないんです。1つの業態で効率が非常にいいんです。日本の最初のチェーンストアが始まった時は「うまく行くといいな」という目標はあったと思います。それとやはり「8番らーめん」がタイでもソウルフードになってきている、これほどうれしいことはないです。またラーメンとしてタイでデビューするのが早かったということでしょうね。やはり2番手、3番手で出ると違いますから。
原田 インパクトが違いますもんね。
Tad ラーメンといえば「ハチバン」になったと。
後藤 いろんな要素もあるけど、それが大きかったんじゃないかなと思います。

ゲストが選んだ今回の一曲

ウルフルズ

「明日があるさ」

「今年ありがたいことに創業して52年(註:放送時)になります。50周年という節目がありまして、その時に従業員一丸となって何かすることはないかとすごく考えていました。一時期、自分の中で『社歌ブーム』というのがあって、朝から声を出して、音楽に合わせて全員で唱和するというのが、僕は社員が一枚岩になる一つの原点かなと思ったんです。しかし、その社歌が簡単なようで作れない。そんな時に何か会合がありまして、みんなが集まる時にはこの『明日があるさ』を最後の締めに、みんなで手を繋いだり叩いたりして歌ったんです。僕はバンドもやっていましたし、やっぱり音楽というものがみんなを一枚岩にしてくれるだろうということで歌っていたのがこの曲です。メロディも明るくて、みんなも歌えるだろうと思いました」

トークを終えてAfter talk

Tad 今回も前回に引き続き、ゲストに『株式会社ハチバン』代表取締役会長、後藤 克治さんをお迎えしました。いかがでしたか、原田さん。
原田 国内のフランチャイズを希望する方も、タイの方も、そのラーメンを食べて、味に惚れこんで「ぜひこれをやりたい!」と思われたというお話をお聞きして、「8番らーめん」の味には「ハチバンの心」と言いますか、ハートのスパイスが溶けこんでいるのかなと、少し思いました。
Tad いいですね。タイでもソウルフードのように親しまれているということでしたが、私たちが普段食べている「8番らーめん」が、海外でもそこまで強烈に文化・風土に根付くということにも驚きましたし、やっぱり日本でのフランチャイジーとフランチャイザーとの関係性の作り方や仕事の仕方、『株式会社ハチバン』のラーメンに対する向き合い方、姿勢、ひいては食文化そのものが1杯のラーメンを通じて、国内・国外のいろいろな人々と繋がっていく、そこにはきっと、『8番らーめん』のあの「野菜らーめん」と同じぬくもりがあるのかなと思いました。

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