前編

理想の暮らし方を想像することから始める、豊かな家具選び。

第44回放送

株式会社山岸製作所 代表取締役社長

山岸晋作さん

Profile

やまぎし・しんさく/1972年、石川県金沢市生まれ。東京理科大学経営工学科で経営効率分析法を学び、卒業後アメリカ・オハイオ州立大学に入学。その後、『プライスウォーターハウスクーパース』に入社。ワシントンD.C.オフィスに勤務。2002年、東京オフィスに転勤。2004年、金沢に戻り、『株式会社山岸製作所』(創業は1963年。オフィスや家庭の家具販売、店舗・オフィスなどの空間設計を手がける)に入社。2010年、代表取締役に就任。

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Tad 原田さん、「ステイ・ホーム」というのもあったりして、自宅で過ごす時間が以前よりも増えましたよね。そういう中で、住まいをより豊かな空間にしたいと、これまで以上に自覚的になってきたという方もいると思います。
原田 わたしも家で寛ぐのにいい椅子がほしいなとか、ソファが傷んでいることにも気づいたりして、すごく家具に目がいくようになりました。
Tad 今回は家具のスペシャリストの方をお招きしております。『株式会社山岸製作所』代表取締役社長、山岸晋作さんです。石川県の方ならば、ショールームに行かれたことのある方や、名前を聞いたことがあるという方もいらっしゃると思います。
山岸 ありがとうございます。
Tad 「製作所」と付いているだけあって、やはり家具の製作から始まっている会社なんですよね。
山岸 そうなんですよ。金沢市春日町というところで昭和11年に創業しました。旧北国街道沿いに職人さんがたくさん住んでいる地域がありまして、そこで、本当に小さな木工所からスタートしたと聞いています。当時は家族経営で、職人さんが住み込みで、朝から晩まで仕事しながら、朝、昼、夜の食事を曾祖母が作って、みんな家族同然に仕事をしていたそうです。
原田 そこから職人さんが育っていくような場所だったということですね。
山岸 そうですね。
Tad 今は「大きな家具屋さん」というイメージがありますけれども、家族経営の状態からどのように成長されてきたのでしょうか?
山岸 私の曾祖父である山岸作太郎が創業しました。ちなみに、当家はみんな名前に「作」が付くんですよ。当初はそんなに事業意欲があったわけでもなく、本当に個人経営みたいな感じで家具を作っていたようですが、2代目の與作が太平洋戦争から帰ってきて、日本は貧しかったですし、やはり豊かさというものに憧れたわけです。そういう中で、これからは欧米に負けないくらいに輝く未来が日本にも来るといいなということで、何かできることがないかと考えたんだと思います。それで、インテリアというところに力を入れて、家具を自分たちで作って、それをお客様にお届けするというところから始めたというわけです。夢が大きかったんですね。戦争から帰ってきた人ってギャップも大きいですし、これからやってやろうという気持ちも強かったのでしょう。当社では今は2代目の與作が実質の創業者であるというふうに捉えています。
『山岸製作所』の2代目であり、実質的な創業者と言われる山岸與作さん。山岸社長の祖父にあたる。
Tad その後に手作りの家具だけではなくて、機械での大量生産の体制になっていったんですね。
山岸 高度経済成長期でしたからね。ものを作るためには機械を使う必要があるし、木工の家具を作るにも、大きな工場で機械を導入して、とにかくたくさん、しかも良いものを作っていこうという理念でやっていました。その後は作ることだけではなくて、高度経済成長期ではとにかくものが足りなかったので、強度もあって長持ちするスチール家具を大量に作ることができるメーカーを求め、そして出会いました。つまり、ものを作る会社が、今度はそれを仕入れて売ることにしたわけです。ライバルにあたる会社のものを自分で取り入れて、それをまた世の中に提供していくという決断をした2代目はすごいなと思います。
そうやってスチールの家具を取り入れたり、今度はオフィスの家具だけではなく、皆さんが住まわれているところに豊かさを提供したいということで、インテリア家具に力を入れます。日本にはないイタリアの家具を見つけてきたわけです。今では、それが当社の主力になっているので、2代目は先見の明があるなと思います。イタリアの「カッシーナ」、「アルフレックス」といった家具を北陸で誰よりも早くご紹介し、人々の暮らしが楽しくなるものを提供してきました。『株式会社山岸製作所』ってそもそも新しいこと、かつ豊かなこと、みんなが幸せになることに誰よりも早く挑戦していく、みたいなところがあるんじゃないかなと思っています。
原田 なるほどね。イタリア家具を北陸にご紹介されたのは、山岸さんのおじいさまですよね。それは何かきっかけや繋がりがあったんでしょうか?
山岸 オフィス家具というと「オカムラ」、「コクヨ」、「イトーキ」などがありますが、そのうちの東京の市場を一番大きく持っていたのが「オカムラ」で、そちらとの出会いが一番最初でした。当社のショールームはそもそも「オカムラ」の家具を展示するショールームだったんです。その当時、「オカムラ」はスチール家具だけでなく、北欧の家具も扱っていて、当社のショールームにも北欧家具のコーナーがあったんですよ。ところが、ある時、「オカムラ」が北欧の家具から撤退することになって、北欧の家具を置いていたコーナーの商品がなくなっちゃたんです。そこで、何か他の同じような価値があるものをということで探し出したのがイタリア家具でした。
Tad そうだったんですね。
山岸 そこで今でもずっとお付き合いをさせていただいている、いわゆる「ザ・イタリア家具」とも呼べるような「カッシーナ」や「アルフレックス」に着目して、しかも関係性を継続してきた先輩たちは、すごいなと思いますね。
Tad それは何年前ぐらいの話ですか?
山岸 30年ぐらい前になりますかね。
Tad 『カッシーナ・ジャパン』(現:カッシーナ・イクスシー)とか『アルフレックスジャパン』がある前の話ですか?
山岸 当時、すでにあったと思います。直接仕入れたり、直接取引ということはなかったと思うんですが、それこそ誰もが「カッシーナ? 知りません」というような時から扱っていました。やはりベンチャー気質があるんでしょうか。何か新しいことをやるんですが、基軸としては、「みなさんが豊かになるものを」という思いがあります。いわゆる「ファスト家具」、使い捨ての家具じゃなくて、一回買ったらずっとメンテナンスしながら、世代を超えて直しながら使っていきましょうと。何かあったら小金町の山岸さんに行けば直せるよと。その土地で経営を間違えずに、きちんとそこでやり続けるって大事だなと思うし、我々にはそういう責務があると思います。
石川県金沢市小金町にある、『山岸製作所』のインテリアショールーム『リンテルノ』のかつての外観。
昭和50年代に、上質なイタリア家具ブランドの「アルフレックス」を初めて導入。
Tad ある時期までは大量生産の家具で均質的なオフィスや空間づくりをされてきたのが効率の面ではよかったんだと思いますが、今ってオフィスでも、例えば「カッシーナ」のデスクを入れられるようなオフィスって憧れの対象ですよね。すごく豊かなものだと思います。豊かさって何だろうと、家具からも考えさせられますよね。
山岸 そうですね。豊かさって人それぞれ捉え方が違いますからね。実際にブランド品を買うのも一つの豊かさですし、長く使えるということも、効率的な働き方ということも豊かさですし。家族でいる時間を取り持つ家具も、豊かさを提供する一つの道具ですしね。
原田 そうですね。
山岸 今はものが溢れている時代ですから、豊かさって何だろうということを一緒に考えていきたいなと思っています。よくライフスタイルとかワークスタイルと言いますが、今では机や椅子のない空間がそもそもないですよね。みんなに行き渡っていますからね。だから新しく成長するような産業ではないですけれども、可能性はあるなと思っているんです。
原田 一つの家具が変わるだけで、気分が変わりますよね。空間全体も変えてしまうような。そこにいる自分の気持ちも変わるんですよね。すごく影響のあるものですね。
山岸 家具を買う前に、働き方を考えたほうがいいですよ。
原田 まずは、働き方を考えたうえで、家具を選ぶ?
山岸 そうですね、それからオフィス家具を選ぶ。
Tad なるほど。
原田 つい、ものから入ってしまいます。
山岸 そうですよね。自分の理想の暮らし方を想像してから家具を変えた方が無駄がないんですが、海外住宅の絵には、よくリビングにもソファが描いてありますよね。それってよくないなと思っているんです。
原田 イメージが固定しちゃうから?
山岸 はい。本当にみなさんのご自宅、ご家庭のリビングでの過ごし方って、「そもそもソファなの?」ということを問いたい。みなさん洗脳されてしまっているんじゃないかというくらいにソファが必要だとおっしゃいますが、もしかしたらパーソナルチェアとか、一人でゆっくり過ごせるものを、ご夫婦でそれぞれに持っているほうが幸せな時間を過ごせるかもしれませんよね。同じ空間にいることも大事だという価値観もあるし、「いや、もう家具なんていらない」と言って、リビングでは何かまた別のことをするのがその人にとって豊かなことかもしれないですし。例えば、釣り道具のメンテナンスをしたりだとか…
原田 なるほど。
山岸 リビングって唯一、家の中で目的のない部屋なんです。
原田 なるほど。
Tad 何をしてもいいですね。
原田 多目的ですね。
山岸 キッチンは料理を作る場所、ダイニングは食べる場所、寝室は寝る場所。リビングって…何?
原田 …何?
山岸 リビングは、生きるための部屋なんですよ。生きるために、何をするか考える場所なんです。だから、「リビングでソファ」じゃなくて、そこでどうやって時間を過ごすと楽しいかなと、まず考える。そうすると必要な家具が決まってくるわけです。
Tad なるほど。お客さんが見に行く時には、その家具が素敵だなとか、そういうことよりも、もしかしたら、それより先に「どんな暮らし方がしたいですか?」とか、「ご趣味は何ですか?」とか、「どんな時間の過ごし方をされたいですか?」っていうところが、最初に必要なわけですね。
山岸 はい、そうなんです。それを考えるとすごく豊かな家具選びができます。
原田 そうですよね。間違いないですね。
山岸 なので、当社のインテリアショップでは、とにかく体験型のイベントをよくするんです。例えば、仲間を集めたワイン会だったり、チーズと日本酒のマリアージュだったり、ソファの上でお茶会をやったり、苔玉を作ったり、映画をみんなで見たり。家具には関係ないですが。
Tad すごいですね。
原田 でもそれによって、リビングでこういうことが繰り広げられるということがイメージできるということですよね。
人気レストランとコラボした体験型イベントの様子。
山岸 自分の本当にやりたいことができる豊かな暮らしの中に、家具があるんです。暮らしを考えた時に、「まず、家具」ではなくて、人の営みがあって、好きな人が集まって、好きなものを介して、仲間と時間を体験してもらう。その中で、家具の大切さというのも後でついてくる気がするんですよね。
Tad 目から鱗が落ちました。これまでとはまた違った気持ちで山岸さんのショールームに行きたいと思います。
憧れのライフスタイル探しができる、インテリアショールーム『リンテルノ』。

ゲストが選んだ今回の一曲

Mr.Children

「星になれたら」

「2004年に東京から金沢に帰ってきたんですが、それは意図しないものだったんです。東京での暮らしをやめて、金沢に住む、金沢でこれから暮らしていくことを決断して来たんですが、その時の心情をまさに表している曲だなと思っています。当時はこればかり聴いていました」

トークを終えてAfter talk

Tad 今回はゲストに『株式会社山岸製作所』代表取締役社長、山岸晋作さんをお迎えしましたけれども、いかがでしたか、原田さん。
原田 山岸さんのお話をうかがって、これまでわたしは家具を選ぶ時、完全に「もの選び」をしていたんだなということに気づかされました。だからこうなっちゃったんだなと、いくつも家にある家具が思い浮かびました(笑)。これからは、家具をパートナーとしてどういうふうに暮らしていきたいのかということをまず考えることが大事だなと、すごく大きな気づきを得ました。Mitaniさんは、いかがでしたか。
Tad 家具選びって、実は住まい方・暮らし方・生き方を選ぶということなんだというお話でした。山岸さんのショールームでは、家具の説明だけではなくて、リビングでどう過ごしたいかということをお客様に想像していただく場として、いろいろなイベントをされるともおっしゃっていました。「顧客が求めているのはドリルを買うことではなく、穴をあけることである」という有名な言葉があるんですが、要するに、企業は顧客の真のニーズを捉えるべきだという戒めの言葉なんですね。『株式会社山岸製作所』の考え方は、さらにその先にあると感じました。お客様自身ですら認識しきれない、言葉にもなかなかできない豊かな暮らしのイマジネーションを膨らませてくれるという姿勢の表れではないかと感じています。

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