後編
世界の多様なリスクに向き合う、イノベーション企業を目指す。
第93回放送
三井住友海上火災保険株式会社 金沢支店長
格谷 隆さん
Profile
かくたに・たかし/1967年、大阪府堺市生まれ。神戸商船大学を卒業後、1991年に『三井住友海上火災保険株式会社』(正味収入保険料では国内第1位、世界第9位である『MS&ADインシュアランスグループ』の中核を担う損害保険会社)入社。主に大阪、東京の企業営業、特に輸出入などの国際物流や海外案件、国内運送に関する保険を多く経験。名古屋でリテール企画部長、宮崎支店長を経て、2020年4月より現職。
Tad | 今回のゲストは前回に引き続き、『三井住友海上火災保険株式会社』金沢支店長、格谷 隆さんです。前回も「保険のイノベーション」ということでドライブレコーダー付き保険について詳しくお話をうかがったのですが、少し俯瞰してみると、経済的損失に備えるという保険の基本的な性質だけでなくて、事故の予防や、事故が起きた時の対応の充実だとか、そういった周辺の領域においてユーザーの利便性を高めるというところにもデジタルの力を使って注力されているといったお話でした。他の領域でもこういう考え方をもって取り組まれているのでしょうか? |
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格谷 | はい。ちょうど今、当社が力を入れているのは「DX valueシリーズ」と呼んでいるもので、その第一弾はドライブレコーダー型の保険、他には例えば健康経営を支援するような保険もありますね。 |
原田 | 「健康経営」というのはどういう意味ですか? |
格谷 | 2017年に初めて健康経営の優良法人の認定というものがありました。これは経済産業省が認定する制度で、企業には雇用責任があり、雇用した従業員のみなさまの健康を維持していく義務があるんですね。「すべての人に健康と福祉を」というゴールがSDGsにもありますが、企業におけるその取り組みを、保険を通じて促進しようという考えでDXを活用していこうというものです。 |
Tad | 健康経営というと企業経営者の中では一つのキーワードになるくらいのものですね。 |
原田 | そうなんですね! |
Tad | かつては残業をたくさんさせてしまったとか、労災が起きてしまっただとか、いろいろなことがあったわけですが、そういうものをどんどん減らして、社員のみなさんに安全でしかも健康的に働き続けていただくというのは一つのテーマなんですね。 |
原田 | なるほど。家族の中でも健康が一番なように、やっぱり社員のみなさんにとっても健康が一番ということですね。 |
Tad | でもその保険というと…どういうことなんでしょうか? |
格谷 | 当社は2017年に健康経営優良法人に認定されているんですが、その取り組みを通じて培ったノウハウを、保険と連動させてやっていこうというものです。これまでにもあった従業員の方が休業してしまうリスクに対する保険に加えて、健康管理ができるアプリケーション、つまりスマホのアプリですが、そういったものをセットでご提供して、かつ、その企業が健康経営優良法人を目指したいと思った時に支援していくといったサービスが付いたものです。 |
Tad | 具体的にはどういった支援があるんですか? |
格谷 | 先ほどアプリケーションと申し上げましたが、従業員のみなさまにお使いいただけるアプリケーションを提供します。「Myからだ予想」というアプリです。 |
原田 | 「Myからだ予想」? |
格谷 | そのアプリケーションで、自分の健康診断の結果を見ることができるんですが、それだけじゃなくて「今日の食事では、菓子パンはやめましょう」だとか「階段を使いましょう」だとか、そうした目標を設定してくれたり、あるいはタバコを吸ったり、ストレスが多かったり、お酒を飲んだりすると「将来こういう顔になりますよ」というのをディスプレイで見えるようにして、社員の健康意識を高めたりといったこともできます。これは『東京大学COI』(註:医療情報の利活用を基盤として、「健康の自分ごと化」により行動変容を促し、予防・未病対応へと繋げることを目指す東京大学の研究機関。主に健康産業を中心とした一般企業が参画し、事業化が進められている)と一緒に開発をしたアプリをご提供して、各企業の従業員のみなさんにおける健康に対する取り組みを促進していくという仕組みになっています。 |
Tad | 実は僕もさっきそのアプリを使わせてもらったんですが、タバコを吸ったり、お酒を飲んだり、ストレスが多い生活をしていると、何十年後にこういう顔になりますよというのがバンって出てきて「うわっ」て思いました(笑)。でもちょっと楽しいので、運動しないと、とかお酒をちょっと減らさないとなとか、モチベーションを上げるにはすごくいいなと思いました。 |
原田 | やっぱり目で見てわかるというのはインパクトありますよね。 |
Tad | すごくインパクトがありました。こういう顔にならないようにしようと思いますね。『東京大学COI』と一緒に共同開発されたりとか、オープンイノベーション的にもこういう取り組みを進めていらっしゃるんですね。 |
格谷 | そうですね。その通りです。 |
Tad | 『MS&AD』だけでは解決できない領域も、他の大学や企業と手を組みながら、取り組まれているということですね。 |
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格谷 | その上で多くの人に使っていただいて、少しでも健康に対する動機付けができるような仕組みを提供させていただいております。 |
Tad | 基本の保険の商品としては、社員のかたの健康が損なわれたときに病院や治療代を補填するというものがありますよね。 |
格谷 | はい。GLTD(団体長期障害所得補償保険)と呼んでいます。例えば従業員のかたが長く休業してしまうといったリスクがありますよね。そういうときに保険金が支払われるという保険がもともとあって、今、多くの企業にかなり普及しています。しかし、特に中小企業のかたにとっては、健康経営優良法人を目指すとなると、何をしたらいいのかよくわからないという問い合わせもありますので、そこは一緒になって取り組むと同時に、従業員のみなさんへの動機付けをお手伝いさせていただくといった内容です。 |
Tad | 会社の組織の中で、この人が抜けちゃったら会社が回らないよね、といったような、休業されると会社として損失が大きくなってしまう部分の補填が基本のGLTDの保険。そこに健康経営の文脈でアプリや管理するサービスを提供したりすることによって、社員のみなさんの健康を促進し、休業を発生させないということですね。 |
格谷 | そういうことです。 |
原田 | これもまた予防? |
Tad | 予防ですよね。会社もその人がどのくらい健康に気を遣っているのかわかるようになりますよね。 |
原田 | 会社側も管理できるっていうことですか。 |
格谷 | 最近ですと、コロナ禍でテレワークや在宅ワークで一歩も外に出ない、いや、一歩も出ないということはないのかもしれないですが、運動不足になりがちだったりしますよね。そういったかたに向けて、任意ではあるんですが「ウォーキングに参加する」といったような項目を作って順位付けをして、上位の人にポイントがついて、ポイントによっては体重計をプレゼントするといったイベントの開催が可能となります。 |
Tad | なるほど。そんなふうにゲーム感覚で取り組めたり、アプリを見ながら楽しく健康管理ができるというのは社員のかたにとってはとてもいいですよね。 |
原田 | 個人的にもいいことかもしれません。 |
Tad | 「保険のイノベーション」というと、デジタル領域でもいろいろな取り組みをされているとお聞きしています。 |
格谷 | サイバー攻撃というのは新聞にもよく出ていますが、今、非常に多くなっておりまして、それに備える保険にはDXで解決という付加価値をつけて対応しています。 |
原田 | 怖いですよね。それはずいぶん多いんですか? |
格谷 | 例えば2020年に日本国内でどのくらいのサイバー攻撃があったか、ご存じですか? |
Tad | どのくらいですかね…1万件くらいですか? |
格谷 | 実際には5000億回と言われているんですね。 |
Tad | え!?(笑) 5000億!? |
格谷 | さまざまなところにサイバー攻撃が仕掛けられているんです。 |
原田 | そんなに? 怖いですね。個人にもメールが届いて、友達からかなと思って開いてみたら違った、添付書類を開いたら何とか…みたいなことをよく耳にしますが。もちろん企業にこういうことが起こったら大変なことになりますもんね。 |
格谷 | そうですね。企業宛ですと、もっと露骨に「振込先が変わりましたからここにお願いします」といったようなこともありますよ。 |
原田 | そんなものも! |
格谷 | 怖いですね。 |
Tad | そういったメールなどを使ったコミュニケーション的なサイバー攻撃もあれば、サーバに侵入されてしまって中身を盗まれたり、改ざんされたりだとか、それによって起きる損失は計り知れないと思うんですが、そういうところにも保険商品をご用意されているんですか? |
格谷 | 最近増えているのが、通常の業務に見せかけて送って、先程おっしゃられていたように開けてしまうとパソコンがウイルスに感染してしまうというような「標的型メール」が多いんですね。当社の関連会社で標的型メールの演習をしたんです。従業員全員にそっくりの標的型メールを送るんです。 |
Tad | 訓練ですね。 |
格谷 | 訓練です。模擬訓練として。そうすると、だいたい2割近くのかた、当社のデータでいうと17%のかたが開けちゃうんです。 |
Tad | え! |
格谷 | セキュリティは各社で対策を取っていらっしゃるんですが、どんどん攻撃のレベルも上がっています。 |
原田 | そうですよね。その上を突いてくるわけですよね、きっと。 |
格谷 | それをかいくぐってきてしまうと、やっぱり誰かが開けちゃうんです。 |
Tad | 訓練でそうなるわけですからね。 |
原田 | 実際だと、もっと上を行ったウイルスの場合も…。 |
Tad | 保険にご契約いただいた企業に、そういう訓練や情報セキュリティに関する教育の提供もされているということですね。 |
格谷 | おっしゃる通りです。 |
原田 | 事前にウイルスが来たよって察知することも、もしかしたらできるということですか? |
格谷 | はい。今すでに開発してトライアルが始まっているんですが、一番新しい保険は、保険にご加入いただくと検出ソフトも提供しているんです。 |
Tad | ウイルスの脅威の検出ソフトですか? |
格谷 | これは一般に売っているものもあるんですが、大きな違いというのは、当社の場合はそれをインストールしていただいて、AIがパソコンに届くメールをチェックして、これは不審だな、というのを検知するんですね。それで分かった場合には対策をすぐにとれるというわけです。保険にも繋がりますので、そういったものを提供して、事故に遭わないように、攻撃で変なことにならないように、まずは見守るというところから入っています。実際にそういったメールを開けちゃってウイルスに感染してしまった場合、みなさんはご存じないかもしれませんが、パソコン1台のチェックに50万とか100万とか、平気でかかるんです。 |
原田 | 1台に!? |
格谷 | はい。10台あればもう大変な金額になりますから。これはもう当然、保険に入っておかないと、パソコンの調査をする「フォレンジック」も非常に難しくなるんですね。そういう業者に頼んでも、保険がない、入っていないとなると「いくら用意できますか?」から入りますので。保険で当然、その費用もカバーしますので、あとはお客様に「当社がこういうことになりまして」と連絡を入れないといけない場合のコールセンター費用であるとか、あるいはパソコンの復旧費用といったものも保険でカバーできます。経済的損失のみならず、そういった損失がまずは起こらないようにして、起こった場合には、起こった後の対応のサービスが保険の中に入っている。そういう商品ですね。 |
Tad | 保険会社が取り組まれるからこそ、本気のサービスだなってよくわかりますね。 |
原田 | そうですね。 |
Tad | 『三井住友海上火災保険株式会社』としてはこの先どんなふうに、どんな姿を目指していかれているんでしょうか? |
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格谷 | そうですね、未来における世界のリスクというと、本当にいろいろな課題がありますので、それに向き合い解決をしていくイノベーション、いろいろなことをイノベートしていく企業になりたいと考えております。特に損害保険会社で取り組まなくてはならない課題は多くて、当然、地震、台風などの自然災害もあるんですが、それ以外の地方創生の問題、今だったら感染症対策や少子高齢化などがありますが、そうしたいろんなことに対して課題を解決できるようにイノベーションをしていきたいと考えております。 |
ゲストが選んだ今回の一曲
Aerosmith
「I Don't Want to Miss a Thing」
「Aerosmithも学生時代からよく聴いていまして、これは1998年にAerosmithがそれまでの28年間の活動の中で、初めて全米チャートで1位になった映画『アルマゲドン』の主題歌です」
トークを終えてAfter talk
Tad | 今回はゲストに『三井住友海上火災保険株式会社』金沢支店長、格谷 隆さんをお迎えしましたけれども、いかがでしたか、原田さん。 |
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原田 | 前回と今回で保険会社というのは何かあった時にお世話になる時代じゃないんだなということがすごくよくわかりました。Mitaniさんはいかがでしたか。 |
Tad | 『三井住友海上火災保険株式会社』として今後どういう姿を目指されているのかとお訊きしましたが、「こういう保険会社を目指しています」というお答えではなく、まず真っ先に、「社会課題でリーダーシップをとれるイノベーション企業でありたい」と迷わず答えられていたのが印象的でした。お客様にとってはリスクや事故に備えるための保険であって、保険のために保険に加入するわけではないですから、リスクに備える保険を商品の軸にしつつもリスクを予防したり、事故発生時の負荷を減らすサービスへと軸足を少しずつ動かされている。後から振り返れば、もしかしたら必然的なイノベーションだったといわれてもおかしくない変化の瞬間を、少しだけご一緒させていただけたような気がします。 |