前編
真摯に顧客に寄り添う名旅館『花紫』を経営。
第50回放送
株式会社山田屋 代表取締役社長
山田耕平さん
Profile
やまだ・こうへい/1986年、石川県加賀市山中温泉生まれ。大学卒業後、2008年から3年間、サンフランシスコのアカデミー・オブ・アート・ユニバーシティで写真を学ぶ。2011年、石川に戻り、『株式会社山田屋』(創業は1902年。旅館業)入社。2014年、同経営企画室室長に就任。2017年、専務取締役に就任。2021年、代表取締役社長に就任。
Tad | 今回は山中温泉の旅館『花紫』を経営されている『株式会社山田屋』代表取締役社長、山田耕平さんをお招きしております。 |
---|---|
原田 | 『花紫』を経営されています『株式会社山田屋』は、1902年に社名である『山田屋』を創業されまして、現在の屋号である『花紫』にいたるまで、山中温泉の地で代々、118年の時を越えて旅館業を営んでいらっしゃいます。『花紫』は数々の受賞歴がありまして、観光経済新聞社の「人気温泉旅館ホテル250選」の5つ星の宿に17年連続認定されているということです。その他、旅行代理店のウェブサイトランキングの中で全国総合1位を獲得されているほか、JTBの2019年度「サービス最優秀旅館・ホテル」の認定を受けているんですが、2019年度は北陸では『花紫』だけというふうにお聞きしております。 |
Tad | すばらしいですね。 |
---|---|
原田 | 山田さんのプロフィールの中で、写真の勉強というところがとても目を惹きました。 |
山田 | 当時、アートや芸術に興味があり、海外の美大でアートを勉強したいなという思いがありまして、サンフランシスコのアカデミー・オブ・アート・ユニバーシティに通っておりました。 |
Tad | 実は僕もサンフランシスコにいた時期があって、アカデミー・オブ・アート・ユニバーシティに通っていたんです。 |
原田 | え!? Tadさんもですか?? |
Tad | はい。 |
原田 | それぞれ別の目的で? |
Tad | 全然違いますね。僕はインダストリアルデザインだったんですけど。 |
原田 | まったくの偶然? |
Tad | まったくの偶然です。英語のクラスが一緒だったんです。 |
原田 | ええ~~っ!? そうなんですか。その頃からのご縁がいまにつながっていると。 |
Tad | 不思議なんですが、石川県人どころか日本人だって全然いなかったんですよ。 |
原田 | そうなんですか。 |
Tad | たまたま一緒になった日本人が石川県同士ということで。当時はね、お互いにどこの誰だとかをあんまり気にせずに、苗字でも呼び合わなかったから… |
山田 | そうですね。 |
原田 | 山田さんはTadさんのことをTadと? |
Tad | はい。僕は山田さんのことを「Kohei」と。 |
原田 | Kohei! |
山田 | そうなんです。 |
原田 | そうなんですか~!! |
Tad | それが10年後にラジオに一緒に出ている。だからちょっとね… |
原田 | Mitaniさん、目が潤んでいますよ! |
Tad | いやあもう、本当に。人生っていろいろありますけど、感慨深いです。 |
原田 | そうですね。耕平さんは今、『花紫』の代表取締役社長でいらっしゃいますが、お宿の受賞歴がすばらしいですよね。 |
Tad | いや、すごいですよ。17年連続の5つ星の宿認定なんて。北陸では『花紫』のみという「サービス最優秀旅館・ホテル認定」も。ここまですごい旅館の出身の方とは当時は全然知らなかったんです。『花紫』はやっぱりすごく存在感もあるお宿だと思うんですが、これだけ受賞もされていて、なぜここまでいろんな方々に受け入れられているのか、そのあたりを詳しくお聞きしたいなと思います。 |
山田 | お客様のアンケートや「宿泊してみてよかった」という声をもとに、一つ一つサービスを改善していったというのが一番なのかなと思っています。お客様に寄り添った対応をしていこうということをモットーに、日々運営しております。 |
---|---|
原田 | 寄り添っているポイントはいろいろあると思うんですが、例えば具体的にどんなことがあるんでしょうか? |
山田 | 「アラカルト懐石」という独自のサービスが当社の一番の特徴だと思います。この懐石は、約50種類の季節のお料理から、お好きなものをおひとりずつ組み合わせて、自由に懐石コースをつくっていただくスタイルになっています。 |
Tad | 一般的には、旅館に行くとだいたいコース料理になっていて、みんなで同じものを順番に食べるという感じですが、それをなくして? |
山田 | ご夫婦でも別々のものを選んでいただけるスタイルのコースになっています。 |
原田 | それに対応するってけっこう大変だと思います。 |
山田 | サービスの裏側はかなり複雑になっているんですが、そういったところも一つずつ改善して、さらにスムーズにサービスを提供していこうと心掛けています。 |
Tad | 今っぽいサービスのような気がしますね。いつ頃からこのサービスを提供されていらっしゃるんでしょうか? |
山田 | 「アラカルト懐石」を始めたのが、もう15年以上前になります。先代の社長が結構イノベーティブな人で、当時は団体旅行がすごく盛んだったんですが、そういったときにこれからは個人の時代だということで、個人のお客様に向けてサービスをシフトさせたんです。先代の社長は新しいアイデアで新しいサービスを思い切って決断しました。 |
原田 | でもまだ業界的には団体旅行が主流だったでしょうし、旅行代理店さんのほうも戸惑ったのではないですか? |
山田 | そうですね。当時はどこもやっていないサービスだったので、理解していただくのがすごく大変で、旅行会社さんに「新しく始めたアラカルト懐石のサービスで…」と言っても、わかりづらい、売りづらいというお声もいただきました。今はそれも定着してきて、『花紫』といえば「アラカルト懐石」だよねというふうに言っていただけるようになってきたのかなと思います。 |
Tad | 建物もすごくきれいで、お部屋もこの前見せていただいたんですが、そこかしこに地元の伝統工芸や和のテイストがちりばめられていて、部分的に洋のテイストも入っていたりして、外国の方も泊りやすいだろうなと思いました。「ああ、ここに泊まりたいな」というふうに感じましたね。 |
---|---|
山田 | ありがとうございます。 |
原田 | 客室はどのくらいあるのでしょうか? |
山田 | 全部で27部屋でございます。 |
原田 | 先ほどおっしゃっていたようないくつかのテイストがちりばめられた部屋があるということですか? |
山田 | そうですね。 |
Tad | 決して何百室もあるような大規模なお宿ではないですよね。でも、すごく多くのリピーターの方がいらっしゃって。 |
山田 | 3割以上がリピーターのお客様です。 |
Tad | やっぱり個人の要望に寄り添っていくという部分が、気に入られているんでしょうかね? |
山田 | そうですね、アラカルト懐石しかり、個人の時代ですので、個々人のお好みに合わせてサービスを提供しようというふうには考えております。 |
Tad | お客様からご要望が出されることはあるんですか? |
山田 | お客様からのご要望に対しては、最初から「できません」という回答はせずに、何かスタッフ一同でできることはないか、と考えるようにしています。 |
原田 | やっぱりせっかく来たんだからこういうものが食べたい、こういったことがやりたい、こういうものをお願いします、っていうような方もいらっしゃいますよね。そういった意味ではお手伝いしつつも、できないことがあれば別の方法で提案してくださっていると。 |
山田 | なにか代替案としてできることはないかな、というふうに常に心掛けております。 |
Tad | 『株式会社山田屋』の創業は1902年、ちょうど118年(放送当時)経つわけですが、最初から山中温泉で旅館業をされてきたんですか? |
山田 | そうです。山中温泉の中心部に『山中座』という施設があるんですが、もともとはそこで『山田屋』という旅館を経営していました。そこからいろいろな変遷を経ているんですが、時代によってはステーキハウスやボーリング場をしているときもあったんです。現在の『花紫』は、移転して鶴仙渓という渓谷に面して建っております。 |
Tad | お部屋からも川面が見えたり、ブリッジも見えて。 |
原田 | 絶景ですよね。どの部屋からも見えますか? |
山田 | はい、全室から見えます。 |
Tad | いいですよね、季節の風情も感じられて。 |
原田 | これから秋が深まってくると紅葉とか。 |
山田 | 紅葉はとてもきれいですね。 |
Tad | 118年の歴史はどのように辿ってこられたんですか? 旅館というのも時代に合わせていろんなスタイルが出てきていますが、一貫して続いているものはお客様に寄り添うということになるのでしょうか? |
山田 | おっしゃる通りで、わたしたちがお客様に提供するのは、癒しという心情的な部分が非常に大きいので、お客様の滞在中のストレスは当然、ないようにしたいと思っていますし、わたしたちができることをできる限りするという意味で、お客様に寄り添った対応ができるよう心がけております。 |
Tad | アラカルト懐石も含めて、団体から個人顧客中心のご対応をするという切り替えもされているかと思うんですが、そのあとに旅館として、何か意識的に維持されたり、変えられたりしたものはあるのでしょうか? |
山田 | 難しい質問ですね。 |
Tad | 何を変えて、どこを維持して、というのは意識的にされているのかな、と思うんですが。 |
山田 | お客様と接する部分はなるべく変えずに、逆に裏方とかバックグラウンドの部分での効率化、IT化、そういったものを進めて、アラカルト懐石にしても、裏方の負担をできる限り減らしてお客様と接する時間やサービスの向上につなげる努力をしています。 |
Tad | 旅館であってもIT化は進んでいるんですね。 |
山田 | そうですね。 |
原田 | そうなんですね。リピーターの方が多いという話が先ほどありましたが、お客様とのうれしかったエピソードなどはありますか? |
山田 | 毎月お見えになるお客様もいらっしゃって、来るたびに「施設のこんなところが変わったね」とか「ここがきれいになったね」とか「新しい器だね」とか、そういった細かいところにも気づいていただいて、そういった感想をいただけると、うれしいですね。 |
原田 | ファンになってもらえるって、やっぱりすごくうれしいことですよね。 |
Tad | 毎月来てくださるお客様がいらっしゃるというのはすばらしいですね。またかなり細かいところまで気づかれるというのも、お客様はよく観察されているということですよね。 |
原田 | そういう意味では気が抜けないですよね。 |
山田 | そうですね。常に全力で。 |
原田 | 今後、旅館を運営されるにあたってどのような思いをお持ちですか? |
山田 | いい旅館でもあり、いい会社でもあるべきということを常に心掛けておりまして、お客様にとっていい旅館であるということはもちろんなんですが、働いてくれている従業員にとってもいい会社だな、いい旅館だなと思ってもらえるような環境作りが大切だと考えています。そこで差別化を図って、お客様にもスタッフにも選んでいただけるような旅館でありたいなというふうに考えております。 |
ゲストが選んだ今回の一曲
Scott McKenzie
「San Francisco」
「自分がサンフランシスコに住んでいた時に出合った曲で、ちょうどTad Mitani氏と出会った頃を思い出します。時々今でも懐かしく思って、年に数回聴きたくなって、いつかサンフランシスコに行きたいなっていう気持ちにさせてくれるような曲です」
トークを終えてAfter talk
Tad | 今回はゲストに『株式会社山田屋』代表取締役社長、山田 耕平さんをお迎えしましたけれども、いかがでしたか。 |
---|---|
原田 | Tadさんも「San Francisco」を聴いてジーンとされたんじゃないですか? |
Tad | 山田耕平さんと坂の上で食べたクラムチャウダーの味を思い出しました。 |
原田 | そうでしたか。山田さんは誠実なお人柄がすごく表れていて、これだけ宿泊者の方々から評価されている宿だったら、もっと宣伝をバンバンしてくるかと思いきや、すごくサービスの本質であるお客様に寄り添う気持ち、本当にそのままの方なんだなあと思いましたね。Tadさんも喜んでいらっしゃるなと思いました。いかがでしたか? |
Tad | アラカルト懐石の話が印象的でした。15年も前から、温泉旅館の既成概念にとらわれない新しいサービスに取り組まれていて。これは持ちポイントがあって、自分の好きなメニューを選んで、家族の中でもお父さんとお母さんとで違うメニューを選んで頼めるというものなんですが。 |
原田 | シェアして食べることもできるんですよね。 |
Tad | 個人のご要望を可能な限り叶えるっていうふうにおっしゃっていましたが、そもそも団体旅行が主流だった時代に、個人旅行の時代が来るっていうことを見据えてサービスを拡充されたわけです。長年に亘る数々の受賞歴というのは、こういった新しい発想のサービスが決して奇をてらった一過性のものではなく、お客様のニーズに丁寧に合わせてこられたことの証なんじゃないかなというふうに思いました。旅館業というと、新型コロナウイルスの流行の大打撃を受けた業種の一つですが、次回はこうした新しい生活様式が求められるような時代において、『花紫』としてどのような形でおもてなしを形作られているかについて、お話を伺っていきたいと思います。 |