後編
日本文化を現代的センスで再解釈し、発信する。
第51回放送
株式会社山田屋 代表取締役社長
山田耕平さん
Profile
やまだ・こうへい/1986年、石川県加賀市山中温泉生まれ。大学卒業後、2008年から3年間、サンフランシスコのアカデミー・オブ・アート・ユニバーシティで写真を学ぶ。2011年、石川に戻り、『株式会社山田屋』(創業は1902年。旅館業)入社。2014年、同経営企画室室長に就任。2017年、専務取締役に就任。2021年、代表取締役社長に就任。
Tad |
今回のゲストは前回に引き続き、温泉旅館『花紫』を経営されている『株式会社山田屋』の代表取締役社長、山田耕平さんです。僕と彼は同じアメリカのアカデミー・オブ・アート・ユニバーシティに通った、旧来の友人同士でもあります。旅館業っていうと新型コロナウイルスの流行で、いろんな意味で打撃を受けているお仕事だと思うんですが、そんななかでどんなふうに新しい生活様式や新しい需要に対応しているのかについて、お聞きしていきたいと思います。 山田さんがアカデミー・オブ・アート・ユニバーシティに通っていたのは2008年からということで、僕らの出会いは12年も前(2020年当時)。干支を一周してますよ。 |
---|---|
山田 | そうなんですよね。 |
原田 | どうだったんですか、その時代は? |
Tad | 出会ったときに彼が写真を勉強しているというのはすぐにわかりました。 |
原田 | なぜですか? |
Tad | 彼は当時常にカメラを首から下げて、何か心の琴線に触れるものがあるとシャッターを押していたんです。「写真青年」でしたね。 |
原田 | もともと写真や絵といった芸術に興味がおありだったんですか? |
---|---|
山田 | そうですね。子どもの頃から絵やアートには興味がありましたね。 |
Tad | 写真家になろうということで留学されたんですか? |
山田 | いや、実はそうでもなくて、アートの勉強をしていくなかで芸術を見る目を養ったり、自分自身がギャラリーを将来的に運営したいなということで、審美眼を養う目的でした。 |
原田 | アメリカに行ったからこそ見えてきたものはありましたか? |
山田 | 自分が好きなものだけじゃなくて、アートを見る物差しを持つきっかけになったかなと思います。 |
原田 | そうですか。日本の文化と違うものに触れる環境だったわけですよね。そういうなかで改めて日本を思うというようなこともありましたか? |
山田 | 昔は日本文化よりアメリカやヨーロッパの洋風なデザインに惹かれていて、「ザ・和風」といった日本的なものは、あんまり好みじゃなかったんです。でも、外から日本を見たことで、すごく日本文化の良さに気づくことができたっていうのはありますね。 |
原田 | 身近過ぎて見えてこなかったところが外から見ると… |
Tad | それってすごくありますよ。外に出てみないとなかなか客観視できないですよね。 |
原田 | Mitaniさんもそうでした? |
Tad | 僕もそうでしたよ。多分アート、美術で言うと、人間の心にグッとくるものというのは、すごく構成・構造が似ていたりするものなんだと思いますが、自分たちにとってはある意味、それを抽象化できた時期だったと思います。 |
原田 | 実際、今の山田さんはアートのお仕事をされているわけではないですが、当時の学びは今のお仕事につながっていますか? |
山田 | そうですね。写真やホームページで情報発信する上で、いい写真かどうかっていう目は養えたかなと思うので、そういうところに活きているのかなというふうに思っています。 |
Tad | 『花紫』のウェブサイトにも、すごくきれいな写真が並んでいますよ。 |
原田 | 本当ですね。鶴仙渓の景色が窓の向こうに絵のように入っていて。 |
Tad | 借景として素晴らしいですよね。これから紅葉の時期ですから。 |
---|---|
原田 | いいですよね。こういう写真のセレクトにも携わっていらっしゃる? |
山田 | はい。私自身が撮っているわけではないんですが、セレクトはさせていただいています。 |
Tad | この間お邪魔したときも、そこかしこに作家さんの作品なんじゃないかなというものがあったり、和紙を使ったダイニング空間であったり、すごく和風なんですがデザイン的に現代的というか…そういう言葉遣いで合っていますか? |
山田 | はい、そうですね。伝統的な部分と、現代に活かせる部分と両方あると思うんですが、日本文化を古いまま伝えるのではなく、新しいフィルターを通して次の世代、若い世代の方にも日本文化を伝えていきたいなと思っています。 |
Tad | やはり耕平さんの目から見て、ただ単に伝統を守るということではなくて、今の時代のフィルターを通して発信をしたいと、そういう思いなんですね。 |
---|---|
山田 | そうですね。前回アラカルト懐石についても少しお話させていただきましたが、懐石料理ってちょっと堅苦しいイメージとか緊張しちゃうっていうところがあると思うんです。そういった概念を壊していく。アラカルト懐石で好きなものを選んでいただくというスタイルが、懐石料理を知る入口になれば嬉しいなと思っております。 |
原田 | 食を楽しむというのが、本来大切なことですもんね。そこから懐石料理を知っていってもらえれば、っていうことですよね。 |
Tad | 旅館業というのは、新型コロナウイルス流行の打撃を受けた業種の一つですよね。新しい生活様式が叫ばれるなかで、『花紫』としてはどんなふうに対応されているんでしょうか? |
山田 | まず、わたしどもも安心・安全を最優先に考えておりまして、弊社として可能な限りの対策を講じております。ただ、お客様は癒しを求めていらっしゃるので、あまりにもがちがちというか、お客様が変に緊張してしまうほどの対応にならないようには気を付けております。 |
原田 | 難しいですよね。間合いというか。 |
山田 | そうですね。反応を見ながら、おもてなしの形は変わりますが、心は変わらずということをスローガンに、『花紫』の新しいおもてなしということで、日々試行錯誤しながら構築しているという感じですね。 |
原田 | スタッフの方に、こういうふうにとお声がけなさっていることはありますか? |
山田 | 基本的にはお客様に寄り添った対応をしていこうというふうに言っております。新しい生活様式に合わせたガイドラインもあるので、それに沿って、なおかつお客様の気持ちに寄り添って、というとすごく難しい部分もあるんですが、そのなかで、お客様が、普段緊張して生活されているお客様の心を少しでもほぐすことができればというふうに思っています。 |
Tad | やっぱり癒しですもんね。温泉旅館に来るっていうのは。休暇をとってね。 |
原田 | 癒しもあり、やっぱり安心も、っていうのが今、旅行される方のニーズとしてあると思うので、これだけやってくださっているんだなって思うことが、安心につながるという面もありますよね。そういう情報発信はされているんですか? |
山田 | 動画やホームページを通じて、こういった対策をしていますということは発信させていただいております。 |
Tad | 休業期間もあったと思うんですが、その間はどうされていたんですか? |
山田 | その間に新しいおもてなしの在り方を社員と一緒に考えて、新しいおもてなしを構築する時間に充てました。もう一つは、旅館としての営業ができないなかで、今までのお客様に対して何かサービスを提供できないかというふうに思っていて、その時にオンラインショップを立ち上げまして、『花紫』のお取り寄せということで新旧の商品をオンラインにて販売させていただきました。 |
Tad | どんな商品があるんですか? |
山田 | お料理といたしましては、Tadさんにもお取り寄せいただいた鍋のセットとかですね。 |
Tad | 鱧鍋を自宅で食べられるんですよ。おいしかったです。ありがとうございました。 |
原田 | それはいいですね。 |
山田 | あとオリジナルの工芸品やお菓子などもあります。自社の商品ですが、地域全体の魅力を発信できるような形で、地域の企業とコラボした商品がほとんどです。 |
原田 | 旅館で出される器とかも、いつも素敵だなと思っているんですが、そういうものも販売されていますか? |
山田 | はい、オリジナルのものから作家さんのものまで販売しています。やはり旅館は体験型の施設なので、お客様が実際に使っていただいた上で「この器いいね」と思っていただけることもすごく多いんです。 |
Tad | いま、我々は意外と日本の文化のなかで生きていないじゃないですか。コンクリートのビルで生活してね。でも『花紫』のような旅館に行けば、忘れていたものを取り戻せるような、そんなふうに思わせてもらえますよね。 |
---|---|
原田 | 日本にいながら改めて、気づいていなかったことを知ることができる。例えば和紙のお話もありましたが、こんなふうに使っているんだという気付きもあるような気がしますね。 |
Tad | 作家さんの作品も選び抜かれているんですか? |
山田 | はい。気になる方の作品が展示されているギャラリーや作品展に頻繁に足を運んで、情報収集するようにしていますね。『花紫』が日本のアートや工芸の文化を発信していく拠点になればと思っております。 |
原田 | そういう意味では山田さんらしさが出せるところなんじゃないですか。アートに興味があるなかで作家さんとのつながりができると、何かいい発信の仕方ができそうですよね。 |
山田 | はい。「&HANAMURASAKI」というプロジェクトを始めました。もともとギャラリーに関わっていきたいなと思っていたのもあって、伝統工芸の作家さんやアーティストさんの発信ができる拠点になればなというふうに思って、伝統工芸の作家さん&花紫、アーティストさん&花紫、というかたちで、月替わりでセレクトさせていただいたものを展示販売させていただいております。 |
Tad | もともとのギャラリーをやりたいという思いって、後々こうやってつながってきているんですね。 |
山田 | やりたいことにつながってきているなあと最近感じています。 |
原田 | 伝統工芸っていうのは具体的にはどんなジャンルですか? |
山田 | 山中温泉の伝統工芸で、山中漆器の作家さんとコラボして展示販売をさせていただいております。石川県はご存じの通り伝統工芸ってすごく盛んなところなので、今後も九谷焼ですとか、いろんな作家さんがいらっしゃいますので、そういった方と関わって発信していければなと思っています。 |
原田 | なるほどね。確かに石川県は伝統工芸の宝庫ですものね。そういう意味では本当に「&HANAMURASAKI」の可能性っていうのはすごいんじゃないでしょうか? |
山田 | そういったことを目的にお越しいただけるお客様が増えると大変うれしいなと思っております。 |
Tad | 温泉旅館というと慰安旅行のようなイメージを持つ節もありましたが、これからの時代の温泉旅館って、人々にとってどんな意味を持っていくんでしょうか? 単に癒しの場っていうだけでもないし、おいしいごはんを食べに行くだけでもないし。どういうビジョンをお持ちですか? |
---|---|
山田 |
Tadさんがおっしゃるように、現代は生活の仕方も洋風になっていると思うんですが、日本料理の繊細さ、日本人ならではの気遣い、心配り、そういった日本文化に触れて、発信できる拠点になればというふうに思っております。 また料理だけではなく、日本のお茶やお酒、アートや工芸など素晴らしい文化がありますので、さまざまな要素を巻き込みながら、「現代の和」を『花紫』でお伝えしていければよいなと考えています。 |
Tad | 我々も受信したいですよね。 |
ゲストが選んだ今回の一曲
BIM
「Be feat. Bose」
「実は私、ヒップホップが昔から大好きで、よく聴いているんですが、旅館とヒップホップって対極のイメージがあって、あんまり公言していなかったんです。でも、せっかくの機会なので本日はリクエストさせていただきました。この曲は人生における心境の変化をテーマにしている曲で、最近よく聴いています」
トークを終えてAfter talk
Tad | 今回は前回に引き続き、ゲストに『株式会社山田屋』代表取締役社長、山田耕平さんをお迎えしましたけれども、いかがでしたか、原田さん。 |
---|---|
原田 | ギャラリーに関わる仕事をいつもしたいなというような思いを持たれていて、今このときに旅館業とうまく融合なさって。これから山田さんらしさがちょっとずつ『花紫』を彩っていくのかもな、というふうに思いながらお話をお聞きしました。Mitaniさんはいかがでしたか? |
Tad | 日本文化が凝縮された空間として、日本の文化や心を発信していける場でありたいとおっしゃっていましたが、現代的なセンスで再解釈されているからこそ、いいなって思えるものなんですね。旅館とヒップホップは対極と本人もおっしゃっていましたが、日本とアメリカ西海岸も世界で一番対極ですが、地球が一周すれば隣の国ですから。『花紫』がこれからも西洋的な、現代的な暮らしの中で忘れかけている日本人としての心、心の原風景を取り戻せる場所であってほしいなと思いました。 |