後編

技術や研究とビジネスが出会い、地域を活性化する大型イベントを開催。

第141回放送

国立大学法人 北陸先端科学技術大学院大学(JAIST) 学長

寺野 稔さん

Profile

てらの・みのる/1953年、大阪府大阪市生まれ。1972年、東京工業大学に入学。1981年、東京工業大学大学院化学環境工学専攻の博士課程を修了後、『東邦チタニウム株式会社』(神奈川県)に入社し、新規ポリプロピレン製造用触媒の開発を担当。1993年、北陸先端科学技術大学院大学(日本で最初の国立大学院大学として、1990年に設立)の教授として来県。2014年より理事・副学長として研究・産学連携を担当、2020年より現職。

インタビュー前編はこちら

Tad 今回のゲストは、前回に引き続き、国立大学法人北陸先端科学技術大学院大学の学長、寺野 稔さんです。寺野先生は、社会人としては『東邦チタニウム株式会社』に入社されたのが最初で、産業人としてスタートされたんですね。
寺野 元々大学院でポリプロピレンというプラスチックを作る触媒の研究をしていまして、それがかなり応用・開発系に近い研究でもあったので、その縁でその分野の専門メーカーに呼んでいただきました。
Tad ポリプロピレンというと、クリアケースなどいろんなものに使われていますが、本当に身近なプラスチックですよね。
原田 それを作るのに触媒というものが必要なんですか?
寺野 プロパンガスというのは日常生活で馴染みがあると思うんですが、それに近い構造をもつプロピレンガスを石油から精製して、それを1,000個、10,000個、100,000個くらいつないでポリプロピレンというプラスチックにするのですが、その際に私が研究していたような特殊な触媒が必要なのです。
Tad 分子の鎖を作るような?
寺野 そうですね。ポリプロピレンは結構どこにでもあるプラスチックなんですが、最先端の分野ですと2ミクロンという薄さにして使われています。ちょっとピンとこないと思うのですが、通常使っている食品用ラップフィルムでだいたい18ミクロンから20ミクロンくらいですから、最先端のポリプロピレンのフィルムを10枚くらい重ねてやっとラップフィルム1枚分、500枚重ねて1mmくらいです。どこにでもあるプラスチックですが、技術力をつぎこんで作りこんでいきますと、本当に最先端の材料になる。そういう面白さも有しているような材料だと考えています。
Tad 先生はそこで触媒の開発をなさっていたんですか?
寺野 そうです。当時うまく触媒の開発が進んで、ラボからパイロットプラント、商業プラントまで仕上げた触媒が、完成してから30年以上経ちますが、その後いろいろ改良されていますが『東邦チタニウム株式会社』で比較的原型に近い形で販売されています。
Tad 本当に身近な製品ですよね。今使っているポリプロピレンも元を辿っていけば、寺野先生が開発された触媒で製造されたものかもしれないですね。
寺野 大学での研究がきっかけとなって企業に呼んでいただき、そこでさらに研究をして、実際に世の中で使っていただけるようなところまで仕上げたことは、今の私にとってとてもいい経験になっています。
Tad 先生自身はそこからJAISTに転籍と言いますか所属が変わられたわけですが、これは何かきっかけがあったんですか?
寺野 初代の学長でいらっしゃった慶伊冨長(けいい とみなが)先生がわたしの先生の先生なんですが、人間的にも学者としてもとても尊敬する方でして、この慶伊先生が思いをこめて作られた大学院大学に呼んでいただいたということが一番大きなきっかけです。
Tad 孫弟子にあたるわけですよね。そんな方から頼まれたら断れないですよね。
寺野 それまでは企業で本当に楽しく研究や製品開発をやっていたわけですから、かなり悩みました。
原田 ノリにノッていらっしゃったわけですからね。
寺野 慶伊先生にあのような形で言われなければ多分、僕は企業に残って、企業の研究者として楽しくやっていたと思います。
Tad 2014年にJAISTの理事になられてから、それまで以上に産学連携にかなり力を注がれているとうかがっています。
寺野 はい。もともと慶伊先生の頃から本学は産学連携には力を入れていまして、先生方の研究の成果をしっかり社会に還元し、貢献していくということはずっと意識しておりました。一般の大学における産学連携というのは、大学での研究シーズをどれだけ産業化につなげるかということが中心です。それももちろん大切にしていますが、わたしが理事を拝命したところからはそれと並行する形で、ちょっと口幅ったいですが、何とか北陸地域をもっと元気にするようなことに産学連携を発展させていけないかと考えていました。日本は非常に特殊な産業構造をしており、99.7%の会社が中小企業に分類されています。しかもその多くの会社が地方に拠点を持っている。本当に日本を元気にしようと思うと、もちろんベンチャーも大事なんですが、それと並行するような形で各地域にある企業をどれだけ元気にできるか、また大学としてどれだけ本気になって取り組んでいけるかというのはとても大事だと考えていました。
原田 それは企業を元気にするために、大学での最先端の研究を使って発展させていけないか、ということですか?
寺野 それもとても大事にしています。それがいわゆる普通に考える産学連携だと思うんですが、それと並行する形で、わたしたちは「Matching HUB(マッチングハブ)」という取り組みをずっと続けています。本学だけでなく、北陸全体の研究の力、あるいは北陸全体の産業界の持ってる力を結集する形で、もっと新しいビジネス、イノベーションにつながるような新製品、新産業の種をたくさん作っていけないかということをずっと意識していまして、予備的なイベントはやっていたんですが、わたしが理事、副学長を拝命した年から「Matching HUB」を始めました。
Tad JAISTの「Matching HUB」というイベントに、わたし伺ったことがあるんですが、大きな会場で、本当にいろんな県内外の企業の方々がブースを持っていて、説明する方がいらっしゃったり、はたまたほかの展示を見に行って、「この会社にこんな製品があるんだ。だったらうちのこの課題を解決してくれる?」というような話が生まれたり。
産学連携と言いながらも、「産・産」で連携が生まれるような場でもあったり、大学の先生たちもいろんなブースを見て回られたりしていて、自分たちの研究をどう方向づけようかなと考えられたりしている感じですよね。
『北陸先端科学技術大学院大学』が企画運営を行う、産学官金連携マッチングイベント「Matching HUB」の様子。
寺野 最近は「オープンイノベーション」という言葉が結構流行っていて、自分たちだけの力ではなく、たとえば会社であれば、ほかの企業や大学の力も借りて新しいものを生み出していこうとしています。実は我々はかなり多くの企業を訪問してシーズとニーズを集めるようなことをやっているのですが、「Matching HUB」というのはそのシーズとニーズをその場に集めてマッチングを図るものなんです。いわゆる「オープンイノベーションの小型版」を一つの会場で一斉にやってるような取り組みです。
Tad 小型版だなんてとんでもないです。石川県の製造業からいろんなサービス業まで勢揃いしてるような状態ですよ。どのくらいの企業が参加されているんですか?
寺野 コロナ禍ということで数は抑えていますが、それ以前は大体250ブースぐらいありました。
原田 そんなに?
寺野 1400~1500人くらい来ていただいて。地方国立大学が単独で主催している、といってもいろんな大学、企業にご協力いただいていますが、中心的に開催しているイベントとしては例外的に大きいと思います。
原田 これまでに何回開かれているんですか?
寺野 2021年の11月で8回。北陸を中心に開催していますが、たとえば熊本の復興支援で3回、北海道で2回、それから四国でも開催しています。「Matching HUB」自体は各地域の特徴を大事にして開催していますが、それぞれの「Matching HUB」をネットワーク化し繋いでいくことで、非常に振りかぶった言い方ではありますけれども、日本全体の活性化に繋げていければと思っています。
Tad 寺野先生の下にも「こんなマッチングが実現しましたよ」とか「こういうイノベーションの種が生まれました」といった情報や報告があったりするんですか?
寺野 我々の大学に「URA」というコーディネーターのような職員が中心となって、開催した数か月後にどんな成果が上がっているかについてアンケートを取りますが、その中でいろいろな情報が得られます。その後、さらに我々がお手伝いして事業化につなげることもあります。
原田 手厚いですね。寺野先生自身が以前に企業にいらっしゃって、そこから大学院大学という場にいらっしゃって、どちらの感覚もわかっていらっしゃるというのも大きいんでしょうね。
寺野 私は、自分自身が大学で研究していたテーマをさらに企業で発展させることができ、それを実際に製品までつなげることができたという経験を持っています。大学の先生方、あるいは先生方のところで研究している学生たちに、実際に自分たちの研究成果が世の中に広がっていくという経験を、何としても持っていただきたいと思っています。大学、あるいはそれ以外の研究機関もそうですが、もっと連携してつなげていって、マッチングさせて、新しい世界を生み出していただきたいというようなことを自分が考えているのは、やはり私自身が企業でそういう経験を持ったからだと思います。
Tad 先生方にとって自分の研究成果が製品になっていくことを経験するというのは、なかなか得難いものなんでしょうか?
寺野 そうですね。今でもなかなかすべての先生方というわけにはいかないのですが、産学連携部門のURAたちが先生方の研究をいかに産業界につなげていくかについて一生懸命努力しています。本学の先生にも産学連携への取り組みがかなり根付いていると考えています。
Tad 必ずしも産学の研究ではなく、先ほども申し上げましたように「Matching HUB」が企業、人同士が結びつく場になっているということについてはどうお考えですか?
寺野 日本の場合、比較的サイズの小さな会社さんでも非常にユニークな技術力を持って素晴らしい製品を生み出しているところがあります。ところが、隣の企業が何をやっているかについては、なかなかわからない。ですから「Matching HUB」の機会に「こんな面白いものがあるんだ」とお互いの持っているシーズやニーズを見せあって、人同士、企業同士がTadさんがおっしゃっていたように繋がっていければ、それが地域の活性化に繋がっていくと考えています。
原田 ともすると自分の研究や自分の会社のことばかり見てしまいがちですが、そうじゃなくて、広がりを持ったことで見えてくることもいっぱいあるんでしょうね。
Tad 石川県の大学が、国立ではありますが、熊本とか北海道とか、ほかの地域で開催してそれをさらにつなげていくって、これは本当に稀有なムーブメントですよね。
寺野 2022年もまだ100%ではないですが、新潟のとある市でも開催することになりそうですし、金沢でも11月17日、18日と開催します。ぜひまた皆さんにご参加いただくことができればいいなと考えています。
Tad 企業はシーズとニーズのどちらかを必ず持っているはずですよね。お聞きの皆さんも「Matching HUB」でぜひ検索してみてください。
原田 それにしても大阪で生まれた寺野先生が、神奈川でお勤めされてから石川に来られて、もう30年近くになるんですね。
寺野 そうですね。次の春で丸30年です(笑)。
原田 さらに石川から今度は世界へと、こんなすごい方がいらっしゃったのかと!
寺野 いえいえ(笑)。私は北陸、特に金沢で暮らすことが本当に楽しくて、四季がはっきりしていて人情も厚く、文化も歴史も厚いところだなとしみじみ感じています。だからこそ、北陸を何とかもっともっと元気にしたいなと思っています。
写真は金沢で行なった国際会議での一枚。イタリア、ドイツからの基調講演者と並ぶ寺野学長。

ゲストが選んだ今回の一曲

森口博子

「ETERNAL WIND~ほほえみは光る風の中~」

「実は私は、“遅れてきたガンダムファン”でして(笑)、ガンダム関係の曲というのは200数十曲あるのですが、その中でもこれは屈指の名曲だと思っています。先端科学技術、未来の社会のイメージで選ばせていただきました」(寺野)

トークを終えてAfter talk

Tad 森口博子さんの「ETERNAL WIND~ほほえみは光る風の中~」、僕も名曲だと思っていました。
原田 えぇ⁉(笑)
Tad (笑) 今回はゲストに、国立大学法人北陸先端科学技術大学院大学の学長である寺野 稔さんをお迎えしましたけれども、いかがでしたか、原田さん。
原田 研究していたものが世に出る喜びをご存じの寺野さんだからこそ、研究で社会に貢献する、あるいは地域を活性化するといった言葉がすごくリアリティをもって伝わってきました。
Tad そうですね。産学連携というと、普通は「大学のA教授の研究成果を民間企業であるB社のビジネスや製品に活用する」といったように、一対一で物事が進むようなイメージでもありますが、「マッチングハブ」は、人数で言うと1500対1500みたいな規模感で新しい技術や研究と、ビジネスや製品が出会う場でもあるわけです。これって、学長として大学の先生方に「企業との連携に力を入れてくださいね」とか、民間企業に対して「うちの大学と連携してください」と声をかけたり号令をかけたりするよりも、おそらく説得力があって効果的でもあるのかなと思いました。
そもそも具体的な題材がなければ産学連携なんてないわけですし、でも出会ってしまえば、もっとお互いの存在を活かしあいたくなったり、おのずと結びつきたくなったりすると思います。大学の先生方も研究結果の社会実装や産業での活用ができれば、きっとその楽しさ、面白さに気づいてくれるはずと信じてのことなんだと思いますが、石川県内外の企業を巻き込んだ学外のイベントが、きっと一番の大学改革につながっているのではないかなと感じました。

読むラジオ一覧へ