前編

業務用台車の製造・販売を行い進化を続ける『金沢車輛』。

第149回放送

金沢車輛株式会社 代表取締役

小倉宏允さん

Profile

こくら・ひろみつ/1983年、石川県金沢市生まれ。専修大学経済学部を卒業後、『大和ハウス工業株式会社』に入社。3年間の勤務後、カナダ・トロントに留学。2008年、『金沢車輛株式会社』(創業は1932年。金沢市芳斉。ホテルやレストラン、運送会社などが使用するカート、台車、医療用カートなどの製造、販売)に入社。本社業務に携わった後、2015年、代表取締役に就任。

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Tad ホテルでルームサービスを頼むと高級な台車で料理が運ばれてきますよね。レストランでシェフがお肉を持ってきてパフォーマンスするときも、やっぱり高級な台車に料理がのってくると思うんですけど。
原田 ワクワクを運んできてくれますよね。
Tad サービスワゴンというものですが、実は石川県から全国のサービスワゴンの9割が出荷されているんです。
原田 えぇ!?
Tad しかもある一社がその9割を供給しているんですよ。
原田 それは知りませんでした。
Tad 知りませんでしたよね。今回のゲストは『金沢車輛株式会社』代表取締役の小倉 宏允さんです。お会いするようになったのは最近で、実はすごく会社が近いところにあるんですよ。マスクをし始めてからお会いしているので、お互いにあんまり素顔を覚えていないかもしれないですね。
小倉 そうですね。
Tad どうぞよろしくお願いします。あらためて、『金沢車輛株式会社』で作っているものを教えてください。
小倉 キャスターをつけたホテル用のフロントワゴンや、ホームセンターなどで販売されている台車、大手の運送会社が街でよく荷物を運ぶのに使っているような台車を製造・販売しております。
ホテルや工場、医療機関などさまざまな場所で使われる業務用台車を手がけている。
原田 ということは、わたしたちが普段目にしている可能性がかなり高いというか、知らないうちにお世話になっているということでしょうか?
Tad そうですね。でもあんまり車両というか台車を意識することって実はないかもしれないですね。
小倉 わたしもこの会社に入る前までは正直に言うとじっと見ることもなかったですし、入社してから気にするようになったという感じです。
原田 カートで運ばれてくるものは見ていても、どんなもので運ばれているかというと、そこまでは普段見ていないですよね。
Tad でも全国でトップシェアの商品分野がいくつもあるというのは、すごいことですよね。
小倉 ありがとうございます。
原田 それだけ選ばれる要素があるということなんでしょうか?
小倉 我々のこだわりとしては「純国産」ということで、日本国内でしか作らないということと静穏性、本体そのものが何十年も使えるということ。頑丈な作りになっているので長くご愛顧いただいています。
Tad 車輪のつくものなら何でも作ることができるということだと思うんですが、『金沢車輛株式会社』自体は1932年の創業ですよね。最初はどういう事業をされていたんでしょうか?
小倉 最初は「大八車」という木製の2輪車のような、米俵などを運ぶカートを作るところからスタートしています。
Tad 手で引いてくようなものですね。
小倉 はい。今でいうとリアカーのようなものですね。
原田 大八車を作ることになったのは、どういった経緯から?
小倉 創業者が山中(現・加賀市山中温泉)にいまして、当初はうどん屋さんをしていたみたいなんです。「弁慶力うどん」で結構財を成したようで、その蓄財で金沢に越してきて、『金沢車輛製作所』を創業し、今に至ります。
原田 小倉さんの曾祖父にあたる方ですか?
小倉 そうです。
このような「大八車」と呼ばれる木製の荷車の製造からスタートした。(写真はイメージ)
Tad そこから今の主力事業まで、どのような変遷を辿られたんでしょうか?
小倉 初代は大八車でしたが、2代目になってからは農業用の耕作機械や鉄道のハブとかも作りました。3代目になってからホテル事業に進出しまして、それから今のホテル用のワゴンを製造しています。
Tad ホテル向けの商品の製造を始められたのは、大体いつ頃ですか?
小倉 1970年代の後半から始めました。3代目が帰ってきた時からですね。
原田 3代目というのは、小倉さんのお父様が家業を継ぐために戻って来られたということですか?
小倉 はい。東京から戻りまして。
原田 その時の会社の状況をご覧になって「こういう方向に行ったほうがいいぞ」と思われたとか?
小倉 帰ってきた時は2代目が作っていた農業用の工作機械のパーツなどを作っていたんですが、その営業中に「車輌産業は斜陽産業だ」という話もあって、「これはいけないぞ」と、何か新しいことをしなきゃいけないと考えたみたいです。
原田 そうなんですね。「こういうニーズがあるぞ」という先見の明があったんですね。
小倉 当時、日本経済新聞で「ホテルがこれからたくさんできる」という記事があったみたいで、ホテルや迎賓館といった宿泊施設に関わる商品を開発したいということで、石川県内の温泉地域から販売をスタートしたみたいです。
Tad 新しい製品として、ホテルの需要に向けて開発をされたということですね?
小倉 はい。
Tad それ以前はサービスワゴンみたいなものっていうのは影も形もなくて、なおかつ、もしかしたら日本全国どこを見渡しても作っている会社なんか一つもなくて、みたいな状態だったんでしょうか?
小倉 そうですね。サービスワゴンに関しては、我々はどちらかというと最後発になりまして。
Tad あっ、そうなんですね。
小倉 当時すでに3社くらいあったと聞いています。今その会社は全てなくなりまして、弊社だけになりました。当時はそういったものを製作する会社もあったんですが、これから需要が増えていくことを見越して、弊社もそういったものを作っていこうと。
Tad レストラン用やホテル用で絶対に需要が伸びるという確信みたいなものがあって、参入して、実際に今ではシェア9割に。
小倉 そうですね。
原田 もともとは3社ぐらい作っていたという状況に後発として入られて、そこでシェアを拡大していくまで、いろんな努力があったんじゃないかなと思います。
小倉 はい。付加価値の高い商品を目指しました。以前あった同業の会社も価格帯はかなり高かったと聞いていますが、「金沢車輛」としてはそこに食い込む必要があるので、まず、良いものを安くしなければなりません。そこで、石川県は比較的製造業も多く、木製の製造技術もあり、匠の技を持つ良い職人さんも入ってくれまして、当時は鋳物などの鉄関係も製造していたので、そこから木製のものにもいろんな加工をして、ホテル用のワゴンメーカーとして成長していきました。
Tad そこからまたホテル用・レストラン用ばかりではなく、医療用も製造されているということですが、これというのは、よく病院で見る医療器具がのっているカートみたいなもののことでしょうか?
小倉 基本的にはステンレス、スチールですとか、いろんな材質のものを取り扱っておりますので、それに付随する商品群というのは結構多いんです。車輪がついているものって世の中に意外とあって、その部分で医療用やホームセンターで使われているような台車など、いろんな形がありますので、その辺を事業の柱としています。
原田 ホームページを拝見すると、「こんなにいっぱい種類があるんだ!」とびっくりします。
Tad 何種類くらいあるんですか?
小倉 標準品としてはトータルで1000種類くらい用意しています。加えて、特注の1台のみのワゴンみたいなものも多いですよ。
約1000種類もの製品を取りそろえている。ホテル向けの台車は国内で約9割のシェアを誇る。
原田 特注とか1台のみっていうのは、たとえばどういうものなんですか?
小倉 ホテルのバックヤードは消防法とかいろんな絡みがあるので、幅や寸法も違いますし、材質ももっと高級な大理石みたいないいものを使いたいというところもあれば、価格を落としたいということで安価に大量生産するものもあるので、いろんな種類の改造品というものを1台からできるような社内体制になってます。
Tad これから先も新しい台車というかサービスワゴン、カートというものをどんどん出していくぞ、というお考えでしょうか。
小倉 コロナ禍も一つのタイミングではあるので、これからますますそういう新製品の投入を増やしていくつもりでいます。
原田 コロナ禍だと出荷する台数が伸びないなかですし、逆に「こんなものもあったらな」というのをしっかり考える時間にもなったということですか?
小倉 そうですね。1年間に大体3~5アイテムくらい新規の製品を投入すると社内で決めているんですが、電動カートや、最近の大型物流センターの自動化に対応するような商品も開発しています。
Tad 冒頭で、あんまり目立たないという話もありましたが、よく考えたら、あのワゴンがなかったらやっていけないことばかりですし、縁の下の力持ち的な存在でもあって、いろんな人たちの暮らしを助けていますよね。そんな会社が『金沢車輛株式会社』で、しかも石川県にあるということを、やはり石川県の人にもっと知ってほしいなと思います。
原田 本当ですね。
小倉 ありがとうございます。
原田 これからもいろんなニーズに応えながら、いろいろ商品を開発されていくということでしょうか。
小倉 そうですね。基本的には省力化商品ということで、人が1人でももっと多く運ぶためにある商品だと思っているので、これからも人の負担を軽減するような商品の開発をしていきたいです。
原田 最近、特許を取られた商品もあるとお聞きしました。
小倉 寝ている時に思い浮かんで、枕元でメモをとって商品化されたもので、コロンブスの卵のような商品なんです。本当に単純な構造で、言ってみれば誰でも作れるような商品ですが、新規性というところが認められて特許を取れたものがあります。それは、街中でよく走っている既存の樹脂台車にステンレスのカバーを、お弁当箱のように蓋をするというものです。他にはない商品で、かつオールステンレスの台車というのが今、非常に高価なので、これによって価格も非常に安くなりますし、売れるんじゃないかなということで開発し始めました。
特許を取得している静音ステンレス台車。軽さと静かさとステンレスの防錆性の高さを併せ持つ。
Tad ステンレスだと高級感や清潔感がありますが、でも丸ごとステンレスで作ってしまうとそれだけ鋼材も必要ですし高くもなるし、重くなってしまう。でも、こちらの商品は、中はプラスチックだけど、「見た目は完全にステンレスのカート」というわけですね。
小倉 はい。食品工場などでは樹脂台車が欠けると異物混入の恐れがあるので使えないんです。そういうわけで、樹脂台車は錆びないけど使えないというところが結構多いんですよね。かといってオールステンレスである必要はない。やはり錆は嫌うので、「304(サンマルヨン)」という質の高いステンレスがあるんですが、それを使ったカバーをかぶせた台車です。従来のオールステンレスの台車に比べると半分から6割くらいの価格で販売できるので、購入側もコストを抑えられるとあって、採用が増えています。
原田 ところで、小倉さんは枕元にいつもメモを置いていらっしゃるんですか?
小倉 そうですね。比較的、寝る前に思いつくことが多くて。結構突拍子もないものとか絶対に製造できないものもたまにあるんですが、朝、見返してみると「これは商品化できるぞ」とか、「これは売れるんじゃないかな」っていうものを再確認して会社に投げます。もちろん、朝に見返してみて没になった商品もたくさんあります。
Tad (笑)
原田 夜に書いた手紙って結構盛り上がりますよね。朝見てビックリみたいなこともあります(笑)。

ゲストが選んだ今回の一曲

BLACK EYED PEAS

「Where Is The Love」

「2001年、9.11の後に発表された曲ですが、2003年にアメリカのサンディエゴに留学していた時に初めて聴きまして、歌詞の内容からいろいろ考えることも多く、今の時代、戦争もまだなくなっていないということで、怒りや憎しみよりも愛で世の中がつながればいいなと思い、選びました」

トークを終えてAfter talk

Tad 今回はゲストに『金沢車輛株式会社』代表取締役社長の小倉 宏允さんをお迎えしましたけれども、いかがでしたか、原田さん。
原田 カートや台車って車輪をつけて楽に運ぶっていうすごくシンプルな道具ではあるんですが、そのニーズに合わせていろんな機能や付加価値をつけて世の中に送り出してこられたというお話でした。今度台車を見かけたらじっくり観察しようと思っております。Tadさんは、いかがでしたか。
Tad 企業がよく使う言葉に、“ミッション”、つまり社会や産業界における役割という言葉があります。木製の大八車を作っていた時代から、ある時期は農業機械の部品製造、その時はメーカーの下請けでもあったと思うんですが、その後、ホテル産業の急拡大に合わせて、このままじゃいけないと最後発ながらもサービスワゴン市場へ参入され、今では原田さんもおっしゃったようなステンレスの使用量を抑えたワゴンや電動カートなど、さまざまなイノベーションを起こして新製品を投入されるようにまでなられました。大きかったり重たかったりして運べないものを運べるようにする、それで人の暮らしを楽にしたり助けたりするという大八車を作っていた時と同じ企業使命、つまり“ミッション”を忘れずにいたということでもあったのかなと思います。僕も今度ホテルのルームサービスを頼んだ時はテーブルクロスを剥がして、じっくり観察してみたいと思います。

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