後編

グローバル化を進めて、海外への拡販を強化する。

第150回放送

金沢車輛株式会社 代表取締役社長

小倉宏允さん

Profile

こくら・ひろみつ/1983年、石川県金沢市生まれ。専修大学経済学部を卒業後、『大和ハウス工業株式会社』に入社。3年間の勤務後、カナダ・トロントに留学。2008年、『金沢車輛株式会社』(創業は1932年。金沢市芳斉。ホテルやレストラン、運送会社などが使用するカート、台車、医療用カートなどの製造、販売)に入社。本社業務に携わった後、2015年、代表取締役に就任。

金沢車輛株式会社Webサイト

インタビュー前編はこちら

Tad 今回のゲストは前回に引き続き、『金沢車輛株式会社』代表取締役社長の小倉 宏允さんです。今回は、小倉さんの人物像にも迫りたいと思います。プロフィールをあらためてうかがいますと、専修大学を卒業された後は『大和ハウス工業株式会社』に入社されているんですね。この時はいずれ『金沢車輛株式会社』を4代目として継ぐという意識があったのでしょうか?
小倉 会社を継ぐかどうか、まだ自分の中でも決めかねているような時期でした。
Tad まずは、自分自身の興味関心と照らし合わせながら会社選びをされた、と。
小倉 そうですね。建築やデザインが好きだったので、そういったことに関わることができる所に就職したいなと思いました。
Tad その時期は、建築デザインが人生の一大テーマだったんですね。
小倉 当時は新宿に住んでいまして、都庁などいろんな高層ビル群や建築デザインを見ることができました。そのなかで『スーパーポテト』(建築設計事務所。国内外の『無印良品』各店舗や外資系高級ホテルなどを数多く手掛ける)のような気鋭の会社がどんどん出てきて、いろんなデザインを見て「自分は建築が好きなんだな」と実感しましたし、家具にも興味がありました。
Tad 東京の本社や福岡の支店で勤務された後にカナダへ留学をされていますが、それは何か転機があったんですか?
小倉 入社して3年目、辞める直前に『金沢車輛株式会社』を継ぎたいという意思が固まりました。弊社は海外市場もありますので、ビジネス英語をもっと学びたくて、退社後にまずはトロントでアルバイトをして、ワーキングホリデーで少し働きました。
Tad 前回、サンディエゴにもいらっしゃったというお話もありましたね。
小倉 はい、大学時代はアメリカのサンディエゴにいました。
原田 なるほど。3年間の『大和ハウス株式会社』での勤務で家を継ぐ気持ちがだんだん固まっていらっしゃったようですが、どういう心境の変化があったんでしょうか?
小倉 長期休暇が取れた時に金沢に帰ってくることがあって、父親といろんな話をしました。学生時代とはまた違う視点で、社会人になってからの会社の見え方について話し合う機会もありましたので、自分の経営というものをしてみたいなという考えに変わって、「継ぐぞ」という気持ちが生まれました。
Tad なるほど。3代目の社長であるお父様としたら、「えっ、『大和ハウス』に行くのか……そうか、お前はお前の道を行け」というような気持ちも、当時はあったんでしょうか?
小倉 小さい頃から会社を継げと言われたことは一度もなかったですが、「そんな気持ちは持ってるんだろうな」というのはわたしのなかで感じる部分はありました。
Tad 言葉にしないけれども継いでほしいと心では思っているかもしれないなと?
小倉 はい。ただ、わりと自由にさせてくれるような考えの持ち主なので、強制されたことは一度もなかったですね。
Tad それで、継ぐということを決めて、ビジネス英語をしっかりと身につけて、海外市場でも戦える男になるぞと。
小倉 そうです。辞めるにあたって『金沢車輛株式会社』に入社する前に何かすべきことはあるかと父親に相談したときに「英語は必要だ」とは言われました。通常の会話以外のメールのやり取りも必要だと。
Tad その時、お父様は「英語も必要だぞ」と言いながら、ちょっとうれしかったでしょうね。
小倉 ですよね。
原田 『金沢車輛株式会社』としては、この時点ですでに海外にも拠点があったんですか?
小倉 今よりはずっと少なかったですが、ありました。当時はおそらく1つか2つの国だったと思うんですが、わたしの代になって増やした部分もありますし、中東とヨーロッパはわたしの入社前には代理店がありました。
Tad 今はどのくらいのエリアまで拡大しているんでしょうか?
小倉 今は中東5か国とヨーロッパはオランダですべて賄っている感じですね。
Tad EU全域ということですね。
小倉 はい。
原田 中東とヨーロッパというのは、どういう意図がおありだったんですか?
小倉 中東は親日の国も多いですし、比較的、日本製品が受け入れやすい土壌があったということで販売を進めたいという思いがありました。
Tad 社長になられてからはアジア方面にも進出されていますよね。
小倉 東南アジアも増やしましたし、オランダに関しては、ヨーロッパはやはり多言語国家なので、フランス語、ドイツ語、英語といろいろありますけれども、オランダがトリリンガルの国なので、交渉上、進めやすいということで選びました。先代が「オランダを制するものはヨーロッパを制する」と。
中東やEU、東アジア、東南アジアへ販売エリアを拡大している。
原田 なるほど。ところで、外国は日本とはまた違ったニーズや規格がいろいろありそうですね。
小倉 やはり体格の違いもありますのでサイズ感も違いますし、中東ですと日本人と似たような体格の方も多いので同じような商品が売れたりもします。気温をはじめ、そもそも環境が違いますので、その地域に合った商品というものを開発して販売しています。
Tad 体格の大きい人が多いような地域というのは、もうちょっと重たいものでもいいよね、とか?
小倉 そうですね。身長に合わせてハンドルの高さを変えたり。
Tad 東南アジアでは日本に比べると背の低い方も多いですよね。
小倉 そうですね。日本と同じ仕様でも大丈夫な所もありますが。
原田 なるほど。ちなみに先程おっしゃられた気温の違いというのは、カート製作にどんな影響があるんですか?
小倉 やはり中東はかなり暑いので、デッキ(荷台の部分)の変形も考慮して材質も変えなければなりません。
Tad 「オランダを制するものはヨーロッパを制する」という名言もありましたが、ヨーロッパと東南アジアって、エリア的な大きさや国の数を比較してもそんなに違いはないかもしれないですが、言語や文化は全然違いますよね。東南アジアや台湾、中国へも進出されて、英語だけではまかなえない国もあると思いますが、そのあたりはどうされていますか?
小倉 基本的には共通言語ということで英語を話すことが多いです。弊社の場合、1か国に1代理店しか作らないという方針ですので、コミュニケーションをとるうえでは、やりやすいのかなと。
Tad 基本的には現地の代理店さんで手を組めるところを探して一緒に販売していくという形でしょうか?
小倉 そうですね。価格競争にも陥りやすいので代理店は複数設けず、「弊社の商品は、そちらの国では御社だけが販売するんです」という形で信頼関係を築いています。
Tad 海外進出のご苦労は、どういうところにありますか?
小倉 適した代理店さんを見つけるというところが、やはり一番時間がかかりますね。必ず対面でお話しして、現地の会社の状況や熱意を聞きます。弊社の商品にどのくらいの熱量を持って、どのくらい愛して販売していただけるかというところの見極めと言いますか、ちょっとおこがましいですけれども、そういった部分を大切にしています。
Tad 会社同士が出会ったばかりの頃というのは、「この商品を愛する」というところに至るもっと手前だと思うんですが、会社の製品を愛してもらうには、どんなことをなさるんですか?
小倉 そうですね。まずは会いに行って、弊社の商品の説明をして、それがその会社の持っている顧客と合致するかどうかを確認します。そこで弊社がどんなものを扱っているのか、どういう特徴があるのか、それがその国で受け入れられるかどうか、というのを結構リサーチして、話し合って、合わなければ合うような商品を作ったり、提供したりしながら少しずつ信頼関係を築き上げていきます。
Tad 海外専用の特注の品物もあるんでしょうか?
小倉 多くは特注品になりまして、ヨーロッパならヨーロッパ仕様、東南アジアなら東南アジア仕様、中国、あと台湾にもその地域に合った商品を出しています。
北京ダックや飲茶など中国の食文化に合ったワゴンを提供。その他、各国のエリアに合わせて特注品を受注している。
Tad 日本とは形も含めて全然違うものが売れることもあるんでしょうか?
小倉 二輪車というより縦型の台車が好まれる市場もありますし、ヨーロッパならヨーロッパで、また、まだ進出できていませんがアメリカで好まれる商品というのもあります。
原田 二輪というと、運ぶときにちょっと傾けて運ぶようなイメージですか?
小倉 そうですね。腕力で運んでもらうものですね。やっぱり体格の大きい方が多い地域で好まれやすい商品もあります。
Tad 海外だからこその全然違う需要とかもあったりするものですか?
小倉 やはり日本よりも、環境に対する考え方には少し厳しいですね。
Tad ヨーロッパなんかだと特にそうなんでしょうか?
小倉 今SDGsとかいろいろありますが、梱包資材の材質にまで細かく指定が入ることもあります。
原田 先程「アメリカは、まだ」とおっしゃられましたが、今アメリカは見据えていらっしゃる国なんでしょうか?
小倉 最終的な目的地というか、わたしのなかでは将来必ず挑戦したい地域です。ホテル用のワゴンに関しては特に市場が大きいので、その部分で挑み甲斐があるように感じます。純国産のノウハウや、お客様からいただいたたくさんの厳しいご意見などを全部吸い上げて、北米市場に挑戦したいなと思っています。
Tad 海外メーカーに負けないところは?
小倉 頑丈性と静粛性でしょうか。
原田 静かさには自信を持っているということですね。市場が大きいとおっしゃいましたが、どのくらい違うんでしょうか? アメリカはずいぶん数が大きいということですか?
小倉 日本のホテルの場合は、客室数で言うと170万室ぐらいあると言われています。現在もホテルがたくさんできていますので、これから大阪万博に向けてまたさらに増えていくと思いますが、一方でアメリカの方は、モーテルから五つ星のホテルまで含めると900万室と言われておりますので、単純に日本の5倍以上の数がありますから、挑戦する価値はあると思います。いま参入するとなると壁もいろいろありそうですが。
Tad この分野に参入されたのは日本で最後発だったとおっしゃられていましたから、もしかすると、今から進出するアメリカでも最後発かもしれないですが、「金沢車輛」の頑丈性、静粛性を打ち出して、ぜひくさびを打ちまくってほしいなと思います。ラグジュアリーなホテルで車輪の音がカラカラいうのもちょっと興ざめですものね。

ゲストが選んだ今回の一曲

徳永英明

「壊れかけのRadio」

「小学生の頃、塾に通っていまして、母親の運転する車の中でよく流れていた思い出深い曲です」(小倉)

トークを終えてAfter talk

Tad 今回はゲストに『金沢車輛株式会社』代表取締役社長の小倉 宏允さんをお迎えしましたけれども、いかがでしたか、原田さん。
原田 小倉さんにご登場いただいて、カートのことに随分詳しくなったなと思っているんですが、『金沢車輛株式会社』のカートがすでに海外でも使われているってことも今回初めて知りましたし、アメリカへのチャレンジを語る小倉さんの自社製品への思い、自信、愛情など、いろいろなものが伝わってきました。Mitaniさんは、いかがでしたか?
Tad 前回からの放送を振り返ると、需要の急拡大を見越して新規事業に参入し、日本国内トップシェアとなって販売網のグローバル化を進めて全世界へ――という、すべての日本企業にとってのお手本みたいな会社だと思うんですが、やはり印象的だったのは、原田さんも言われた「思い」の部分で、「金沢車輛」の製品を愛してくれるかどうかが海外の代理店契約の決め手だというお話です。小倉さんたちにとっても、カートやワゴンといった自社製品というのは、売り物であるだけじゃなく、手塩にかけて育てた子どもたちのようなものなのかなと思いました。会社にとっての製品って、やっぱり愛情の対象であるということをあらためて感じさせてもらいましたし、そこも日本企業のお手本かもしれません。高度工業化を経たわたしたちは、そういった感覚を忘れずにいたいと思います。

読むラジオ一覧へ