後編

石川県の起業家の卵を応援する。

第73回放送

株式会社サクセスブレイン 常務取締役

田野口和矢さん

Profile

たのぐち・かずや/1969年、東京都大田区生まれ。上智大学経済学部を卒業後、大手食品メーカー『味の素株式会社』でマーケティング部門を経験。2008年に『株式会社サクセスブレーン』(※現 株式会社サクセスブレイン。1993年創業。株式会社サクセスブレインと税理士法人サクセスブレインからなる税務会計コンサルティングファーム)に入社。顧客の潜在価値を高める独自のコンサルティング手法で、企業の黒字化や、後継者・幹部社員の育成、新規事業の立ち上げなど実績多数。税理士、M&Aシニアエキスパート。

サクセスブレインWebサイト

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Tad 今回のゲストは前回に引き続き、『株式会社サクセスブレイン』常務取締役の田野口和矢さんです。前回は『株式会社サクセスブレイン』と『税理士法人サクセスブレイン』、これが表裏一体としてあって、税理士法人を事業基盤としつつも、会社作りや社風づくりといった企業のあらゆるコンサルティングをされているというお話をうかがいました。大変興味深かったのですが、改めてご経歴を拝見しますと、最初は『味の素株式会社』に入社されたんですね。
田野口 はい。大学を卒業した最初の赴任地が、『味の素株式会社』の北陸支店ですね。有松のあたりに会社がありますけれども、そこが社会人としての第一歩ですね。
Tad そうだったんですね。
原田 それまでは縁もゆかりもない、金沢だったんですね。
田野口 そうです。
Tad 『味の素株式会社』では、どんなお仕事をされてきたんですか?
田野口 最初の2年ほどは、先輩と一緒に『カナカン株式会社』という食品の卸売会社や地元のスーパーに、「ほんだし®」やカップスープ、マヨネーズなどを売っていました。後半3年間は福井県を担当するようにということで、今は会社が変わりましたが当時の『株式会社ユース』(福井を中心にスーパーマーケットをチェーン展開していた企業)など、敦賀までのエリアを担当していました。当時はいわゆるルート営業と言いますか、普通に営業マンとして働いていました。5年経って、結婚と同時に、縁もゆかりもなかった大阪に行けと辞令が出まして、そこでサラダ油やコーン油だとかのマーケティングと「アミノバイタル®」というアミノ酸の機能食品のマーケティングをさせていただきました。
Tad でも、今は税理士さんですよね。
原田 ここまでのお話に税理士の要素が全く出てきませんでしたね。
田野口 実は、『味の素株式会社』の中では、当時、大阪支社が東京支社に次いで全国2番目という売り上げでしたが、油事業の赤字の25パーセントを占めていたんです。ですから会社からは「なんとか立て直せ」と言われていました。そこで、実際に利益をどうやったら出せるかと考えるわけですが、まず数字がわからないんです。それから「アミノバイタル®」という新規事業を立ち上げていく時にも、やはり財務というものが全くわからなかったので、その時に勉強したんですね。それで、財務を勉強しているうちに、気付いたらこんな状況になっていた、というところでしょうか。
Tad どうやれば儲かるのかを考える前に、その儲かるための財務的な構造を知らなければならないと。何が収益で、何が利益の源泉で、ということをまず理解する。そういうことだったんですね。
原田 なるほど、確かにそれがわからないと、やみくもに収益を上げろと言われても、難しいですよね。
Tad ですが、ちょっと待ってください。新商品の立ち上げを任されて財務の勉強をする人って、やっぱりいないと思いますよ。
田野口 そうですね。当時たまたま出会った税理士の先生がいて、飲み友達という感じなんですが、その方に「こんな仕事がある」とまず教えていただいて、「財務の知識や、自分の持っているいろんなものが、世の中の役に立つんだ」というふうに口説かれたんです。国家試験があることだけは聞いておらず、会社を辞めた後になって「こんなに難しい試験があるんだ」と初めて知ったんですが、もう辞めてしまったんだからやるしかない、と。そんな形でこの世界に入ったので、導かれたと言いますか…。ですから、この金沢も、大阪も初めてですし、ましてや税理士という仕事もあるということを知らなくてこの世界に飛び込んだわけです。大原簿記学校で最初に「減価償却費って何ですか?」と質問したら、みんなが唖然としていたのを今でも覚えています。
田野口さんが財務を勉強し始めたのは、新規事業の立ち上げ時に収益構造を理解するためだった。
原田 でも、ご家族の方が応援してくださって。
田野口 家族は「騙された」と言ってました(笑)。
Tad 奥様が北陸のご出身とか。
田野口 そうですね。
Tad それで北陸に帰ってこられた…と言っても、田野口さんにしてみたら「帰る」わけではなかったかもしれませんが。北陸に来られて、どれくらいになられますか?
田野口 もう15年くらい経ちますね。
原田 国家試験も無事に合格されて、実際に税理士のお仕事を始めてみると、以前『味の素株式会社』でしてきたことが、やっぱり活きてくるわけですね。
田野口 そうですね、今でも、当時お世話になった『味の素株式会社』の先輩たちと会うんですが、「当時の営業企画部での仕事をちゃんと活かしているのはお前だな」と言われます。その時にやっていた、赤字をどうやって黒字にするかとか、リストラのような事業構造を変えていくもの、あるいは「アミノバイタル®」のような新たな事業として進めていくもの、赤字の会社をどう立て直すかといったことについての経緯があるからこそ、この後、詳しいお話をしますが、『石川イノベーションスクール』で新しい事業をする人に対してアドバイスができる。まさにその時の仕事がこういうふうに今に繋がるというのは、当時全く思わなかったので、とても不思議ですね。
Tad 『石川イノベーションスクール』について、私もお話をしたかったんですよ。実はそこで私も田野口さんとご一緒させていただいていますが、今、田野口さんご自身として『石川イノベーションスクール』ではどんなふうに、何を目指して、何をされているのか、簡単に教えていただけますでしょうか。
田野口 『イノベーションスクール』自体は、元々早稲田大学の長谷川博和先生が取り組まれているもので、一番最初はメガネの『JINS』の田中仁さんが『群馬イノベーションスクール』を立ち上げて、金沢でもぜひやらないかということで、全国2番目に立ち上がったのが『石川イノベーションスクール』になります。こちらは今、『ビーインググループ』の喜多甚一さんを中心に運営しています。開設当時、今でも覚えているのは、新しく起業していく開業率が、群馬県も石川県も全国で見ると下から数えたほうが早かったんですね。このままいくと若い人がいなくなってしまう。そこで何とかこの石川県に若い人たちを集めたいと。Mitaniさんもそうですし、何人かのメンバーで立ち上げて、来年5年目というところですね。空手か柔道の道場みたいな感じですね。
石川県から起業家・イノベーターを育成・輩出することを目的に活動する『石川イノベーションスクール』。
原田 そうすると実際に経営者の方々が、そこでいろいろ話をされたり、ディスカッションしたりする中で、起業したいという若い人たちが考えを固めたりするわけですね?
Tad いきなり実践じゃなくて、ちゃんと組み手をやってから、というような感じですよね。
田野口 はい、基礎は教えなければいけないんですが、一般的な学校では、生徒というのはどちらかというと「受け身」ですよね。先生が説明してくれてテストを受けるという形ですが、『石川イノベーションスクール』はどちらかというと本人がやることに対して僕らがサポートする形なので、自分がやりたいという意識のない人、何かを教えてほしいから来たという人は、途中で辞めていきますね。
原田 なるほど。こういうことをすごくやりたいんだという思いの強い方がいらして、そのためにはこういうことが必要だよということをアドバイスしてもらえるような場である、ということですね。
田野口 そうですね。
Tad 私も後から合流しているんですが、最終発表の場では各自のビジネスプランを披露し合うわけですけれども、評価するにしても誰が「優」で誰が「劣」と、順位をつけるのも本当に難しいんですよね。開業したいという人の中にはインターネットサービスのプランの人もいれば、食品関係のプランの人もいればという状況で。でも、面白いですよね。
田野口 面白いですね。今回、四期生が卒業しましたが、一期生、二期生、三期生の中で、『石川イノベーションスクール』を卒業して、いろいろなことを学んで、人生が変わったと、そう言ってくださる方が多いです。それは僕らのやりがい、楽しみでもあるのですが、最初は結構、きつかったです。
Tad ボランティアですしね。
田野口 完全にボランティアですね。
原田 夢を叶えた方が、一期生や二期生の方でいらっしゃるわけですよね。また、卒業して起業した後に課題を抱える方もいらっしゃいますよね。それに対してフォローはなさるんでしょうか?
田野口 しています。卒業した方も授業に参加されますし、普通は卒業したらもう終わりですが、ずっと繋がっているのはこのスクールの面白さの一つですね。
『石川イノベーションスクール』第3回ビジネスプランプレゼンテーションより。
Tad 「起業家の卵」を応援する、それ自体の理念はわかるんですが、田野口さんが参加されているのは、『株式会社サクセスブレイン』のお仕事とは関係ないですよね。何か根底で繋がっているものを感じていらっしゃるのでしょうか?
田野口 そういう意味では、どちらかというと「当社の理念」に繋がっていると思います。会計事務所は、地元に会社がたくさんあって初めて成り立ちます。ですから、地域社会を活性化すると、私たちにとってのお客様が生まれてくる。地域経済が落ちてくると、当然、私たちの会社も落ちる。ですから、やっぱり若い人たちにはどんどん起業してもらって、どんどん経済が活性化すれば、当然、巡り巡って会社に還ってくることになるわけです。もう一つ、個人的なところで言うと、縁もゆかりもない石川県金沢市でこれまでにいろんな方と出会い、働くことになったわけですが、そんな自分にも若い人たちへの使命があるのではないか、何かをここに残していくミッションというものがあるのではないかと思い、お話を引き受けたというのもあります。
原田 仕事とは異なるやりがいとして、田野口さんにとって大きな影響を及ぼしているのではないでしょうか?
田野口 そうですね。ライフワークのようなものでしょうか。研修などでこんな話をするんですが、ここに「盥(たらい)の水」があるとします。例えばその上に小さな船を浮かべて、子供がそれを取ろうとして「こっち来い、こっち来い」とやると、反対に船は離れていくものなんです。逆に「あっち行け、あっち行け」とやると、こっちに来る。僕らの仕事もそうなんです。売上でも「こっち来い」、つまり「儲かろう」と言うと、実は離れていって、「みんなのためにやる」と手元に来る、というようなところがある。『石川イノベーションスクール』は、本当は社会貢献のつもりでやっていますけれども、やはりいろいろそこで気付くこともあれば、勉強になることもありますし、まさに「盥の水」だなと感じます。

ゲストが選んだ今回の一曲

U.S.A. for Africa

「We Are the World」

「新型コロナウイルスの感染拡大で、ニュースを見ていると日々殺伐としますが、心というものが非常に大事な時代になってきていると思います。僕は今回、家族というものがいかに大事かということ、当たり前だと思うことが実は当たり前じゃないということに気づかされました。この曲は元々、アフリカの飢餓問題を解決しようということで、当時の世界のスーパースターが集まって作り、1985年にリリースされた、いわゆる“エイドソング”、“チャリティーソング”なんですけれども、歌詞を改めて読んでいくと、まさに今、僕たちが聴くべき曲ではないかと感じています」

トークを終えてAfter talk

Tad 今回はゲストに『株式会社サクセスブレイン』常務取締役の田野口和矢さんをお迎えしましたけれども、いかがでしたか、原田さん。
原田 食品メーカーから税理士へ、その過程で本当に大変なこともたくさんあったと思うのですが、そこで学んだことがきっと今、起業しようとしている若者を応援する部分にもなっているのかなと思いました。Mitaniさんは、いかがでしたか?
Tad 新製品の立ち上げも任されて、どうやって事業を成り立たせていくのかを考えるために、収益構造や費用構造を理解する必要があって、自分自身で会計やファイナンスを勉強していくという、その発想がすごいと思いました。たしかに、事業のどこに無駄があって非効率が存在しているかとか、あるいは新製品がどんな可能性を含めているかというのは、会計上の情報から見ていくことが多いと思うんです。でも、そもそも作れば売れて、売れれば儲かるというそんなシンプルな話ではなく、作っても、作っても、売っても、売っても、儲からない事業、そういう「事業として成り立たない事業」というのも、結構あるんですよね。
営業マンをされて、製品のマーケティングに取り組まれて、新製品の事業立ち上げをされて、税理士の資格も取られて、ただの税理士事務所でもない、ただのコンサルティング会社でもない、両方を混ぜ合わせた『株式会社サクセスブレイン』に参加するためのキャリアだと思います。振り返れば、こういう経験を積んできた自分の役割は何かということを考えられた時に、そういうキャリアが繋がっていく。振り返って繋がるものなんだなと、大変勉強になりました。

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