後編

『P&G』の哲学を活かしプラスチックの可能性を広げる。

第77回放送

石川樹脂工業株式会社

専務取締役  石川 勤さん

Profile

いしかわ・つとむ/1984年、石川県加賀市生まれ。東京大学工学部を卒業後、世界最大の一般消費材メーカー『P&G』に入社。日本で数年間の勤務の後、シンガポールに転勤。帰国後、日本のCFO(最高財務責任者)の右腕として従事。2016年、『石川樹脂工業株式会社』入社。『石川樹脂工業株式会社』は1947年創業で、樹脂製の食器雑貨、工業部品、仏具などの商品の企画製造・販売を手掛ける。

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Tad 今回のゲストは、前回に引き続き『石川樹脂工業』専務取締役の石川 勤さんです。石川さんは最初の就職先が『P&G』だったんですね。誰もが知っている会社だと思いますが、実際はどのような企業なのでしょうか?
石川 アメリカの企業で、例えば衣料用洗剤の「アリエール」や「ボールド」、消臭剤の「ファブリーズ」、食器洗剤の「ジョイ」、女性の方であれば化粧品の「SK-Ⅱ」などが同社の商品では非常に有名です。そうした消費財の世界最大のメーカーです。また、元社員も錚々たるメンバーです。例えば『アマゾンジャパン』社長のジャスパー・チャンさんや『吉(口の上が土の「吉」)野家』の常務取締役の伊東正明さん、あとは『ユニバーサル・スタジオ・ジャパン』をV字回復させたマーケターの盛岡 毅さんもそうです。
Tad 石川県出身の経営者で『P&G』出身の方に初めてお会いしたかもしれません。
石川 あまりいないですね。
原田 どのような理念の元で仕事をなさっていたのでしょうか?
石川 『P&G』の哲学の中に“Do The Right Thing”というものがあります。「正しいことを行う」、自分が思う正しいことを実行していこうというのが大きな理念として全社員に徹底されているんです。就職したばかりの時に一番驚きましたし、いまでも素晴らしいことだと思っています。
Tad 「正しい」というのは、例えばどういうようなことですか?
石川 いろんな定義、いろんな解釈があるとは思いますが、『P&G』には“Consumer is Boss”、つまり「お客様がボス」という言葉があります。「消費者に代わって我々が、消費者が喜ぶことを徹底してやりましょう」という意味なのですが、それが一つの正しさではあるのかな、と思います。
Tad 『石川樹脂工業』でも、そういった理念に近いものを持って取り組まれているのでしょうか?
石川 今も自分の「DNA」として持ち続けています。『P&G』では「消費者がボス」ですから、消費者を騙すような宣伝というのは絶対にやりません。「消費者に対して真摯に向き合って、良さをきちんと伝えていこう」ということをしているので、我々も人を騙すような商品は作りたくない。「本当にいいものを正しく伝えて、より多くの人に喜んでもらえるように」ということをすごく意識しています。
Tad シンガポールにもいらしたそうですね。その頃はどんなお仕事をされていたんですか?
原田 シンガポールには2年ほどいました。アジア全体の「ファブリーズ」、「ジョイ」などの経営企画のようなことをやっていました。日本人は同じチームに一人いるくらいで、アメリカ、韓国、中国、フィリピン、インドというように多国籍の上司に囲まれていました。
原田 それぞれの価値観がある中で、この「正しいことを行う」という理念の下で一緒に業務をされていたわけですね。
石川 そこは『P&G』のすごいところで、日本で働いていてもシンガポールで働いていても、出張でジュネーブにも行ったことがありますが、基本的に価値観は全部一緒で、「正しきことを行って、コンシューマーのためにもの作りをするんだ」ということを徹底してやっていたので、転勤してもそんなに違和感はなかったですね。
Tad なるほど。日本に帰国された後は、財務責任者の右腕として活躍されていたということですが、どちらかというと製品作りというよりは経営戦略だとかのコーポレート的なところでのご経験が多いように思います。
石川 そうですね。実はシンガポールに行く前に東京で「BRAUN(ブラウン)」という電気シェーバーのマーケティングをしていました。それも『P&G』が行っているのですが、日本は「BRAUN」の中でも重要なマーケットの一つなので、販売戦略や商品の企画開発もやらせてもらいました。そこでの経験がいま活きています。『P&G』は徹底的に消費者の生活を見るんです。例えばお宅を訪問して、トップ中のトップの人たちは、玄関に入った瞬間にそのお宅がどの洗剤を使っているのかを当てられるくらいにまでなっていきます。そういったことを徹底してやるんです。「BRAUN」でも同じようにお宅訪問をしたり、消費者に一人ひとりお会いしたりして、どのような生活をされていて、どういった趣味嗜好を持っていて、その上で髭剃りをどのように使っているのかを徹底的に分析して、理解して、ということをしていました。この経験が活きています。
Tad 商品の使われ方をすごくよく観察されるようなイメージでしょうか?
石川 いまはコロナ禍でもありますからお宅訪問はできないのですが、その代わりにインスタグラムやツイッター、フェイスブックなどで個人のお客様を観察して「どのような生活をされていて、どんなお子さんや旦那さんがいらっしゃって、どういった気持ちで日々過ごしていらっしゃるのか」ということを見ながら、その人たちが「どんな食体験をして、食体験を通じてどういうことをお子さんや旦那さんと共有して、どんなお皿を欲しいと思うのか」ということをかなりリサーチしています。
「Plakira」を使用したイメージ。
Tad 例えばガラスのように見えるプラスチックのコップ「Plakira(プラキラ)」はどのようなユーザー層をイメージして作ったのですか?
石川 「Plakira」に関しては、少しライトに、マス寄りにしています。ぱっと見た感じでまず「かわいい」と思っていただけることが第一印象として大切なので、そういったかわいいものが好きな層を狙っています。食器は割れないから買うものではなくて、特に「Plakira」は「かわいい」からインテリアの1個として、買う時までもワクワクするように仕掛けてあります。
Tad 「ワクワクの仕掛け」を、ちょっとだけ教えてもらえますか?
石川 言葉で表現するのは難しいのですが、いろんなカラーリングがあって、雑貨のコレクションとして集められるような…。インスタグラムを見て頂けると、そこにワクワクがいっぱい詰まっているかと思います。
Tad いろんなかわいらしい形と色で、集めたくなるような気持ちになるんですね。
石川 そうです。使ってもらえば使いやすさはわかるので、扱いが楽なものだとわかればさらに1個、2個と買われる方が多いですね。
Tad 「世界観」という言葉を使われましたが、それも商品には大切なことなのでしょうか?
石川 はい。今はネット上で世界観を丁寧にお伝えしています。
原田 先ほども『P&G』での経験が活かされているというお話がありました。『P&G』はより多くの人に使ってもらうためにリサーチしているわけですが、「Plakira」や「ARAS(エイラス)」は、もっとターゲットが絞られているような印象もあります。そこには石川さんの中で転換があったのでしょうか?
石川 やっていることは基本的に一緒ですが、何十億、何百億と予算をかけて広告を打つことができないというのが大きな違いです。結局一人ひとりの消費者がどういうものを求めているかというのを突き詰めること自体にあまり変わりはないので、実はやっていることが変わったという印象は、僕の中ではあまりないです。『P&G』の時とは打つ手が違いますし、より狭いところにどうやって刺すかといったところだけは違いますが、基本的には消費者に真摯に向き合うというところは変わりません。
Tad 一方で、『石川樹脂工業』の歴史を前回もお聞きしましたが、そこから比べると大きく変わっていると思います。どのようにマーケティングされたんでしょうか? 元々その機能は会社の中では大きくはなかったと思います。
石川 最初は誰もマーケティングができなくて、そういったことができるのは僕一人しかいなかったように思います。一人で「できることをやっていこう」と思い自分の中で仮説をどんどん立てていった時に、ちょうど『P&G』の元同僚たちが独立したり違う場所に行ったりして、当社を手伝ってくれるようになったんです。今は、フリーランスとして手伝ってくださっている方や、別の広告代理店みたいなものを立ち上げた人たちと一緒にやっています。さらに最近メンバーに加わった新卒の社員は『P&G』式のマーケティングを最初からインプットされている感じですね。
Tad 会社の雰囲気も変わったんじゃないですか?
石川 変わりつつあるというのが正しい表現かもしれません。特にこのコロナ禍でマーケティング戦略がうまく嵌まってきたということもあります。
Tad 「コロナ禍で嵌まった」というのはどういうことなんでしょう?
石川 「ARAS」にしろ「Plakira」にしろ、「おうち需要」をフィーチャーしたものです。今、外食にはなかなか行けないですから、家での食体験を豊かにしたいということで「食器を買い替えたい」だとか、「ちょっといい食器にしたい」という思いがあるようです。そこにうまく嵌まったのかなと思っています。
Tad 元々の事業領域では業務用の食器だったのが、今は一般消費者、つまり個人の方が買うということですね。
石川 はい。逆に個人の方が多くなったくらいです。
原田 確かに。食器が変わると食卓はかなり変わりますもんね。
石川 そうなんです。「ARAS」の食器に、僕自身も料理をして盛り付けたりするんですが、結構いい感じに仕上がるんです。僕ですらワクワクして、うれしい気分で食体験を楽しめるので、「作ってよかったな」という実感が自分の中でも強いです。
「ARAS」を使用した食卓のイメージ。
Tad この先、『石川樹脂工業』をこんなふうにしていきたいというビジョンはおありですか?
石川 やはり『P&G』の頃に学んだ「正しいことを行う」ということは僕のDNAの下地としてあるものです。『P&G』という超大企業を辞めて石川県に戻ってきて、『P&G』からすると比べ物にならないくらいに小さな企業にいるのだから、それなりの正しさやインパクトを突き詰めていきたいと思います。『P&G』ではできないこと、かつ世の中を変えるようなことをやっていきたいと思っています。
Tad 世の中を変える!
石川 例えば「ARAS」なら、使っていただいた瞬間に食体験を確実に変えると僕は思っています。使えば便利だし、見た目もパッと華やぐし、食べ心地も最高、ということを実感していただけると思うんです。そんなふうに一人ひとりの食体験も変わります。また、リサイクル可能で環境負荷も低減させる素材を使用していることにより、持続可能な社会への第一歩になるという要素もあります。食器は洗剤に比べるとすさまじく小さな領域ではありますが、食器という比較的狭いカテゴリーでもどのように変化を起こせるのかというのが、いまのテーマです。

ゲストが選んだ今回の一曲

森山直太朗

「さくら」

「『P&G』時代の送別会では定番で、この曲とともに思い出の写真が流れてくるんです。聴くだけで号泣してしまうくらい。辞める時もめちゃくちゃ泣いたんですが、それをつい思い出してしまいます」

トークを終えてAfter talk

Tad 前回に続きゲストに『石川樹脂工業』専務取締役の石川 勤さんをお迎えしましたが、いかがでしたか、原田さん。
原田 『P&G』の「正しいことを行う」というマインドが今も石川さんの土台になっているとのことですが、石川さんたちの作る食器を通して私たちの生活も変わる気がして、もしかしたら生き方も変わりそうなくらい、消費者も「正しきを行う」について考えたくなるような、そんなお話でした。
Tad 今回は『P&G』時代の石川さんと『石川樹脂工業』に参画されてからの石川さんを往復しながら、お話をうかがってきましたが、“Do The Right Thing” “Consumer is Boss”という『P&G』時代からの言葉が出てきましたよね。ビジネスの方向や方法論において、そういった強烈な言葉は、ある面では自分にルールを課すものですが、石川さんは本当に、とても自由に経営やもの作りをされている印象を持ちました。これからも石川県発のユニークで愛されるブランド作り・製品作りを通して、プラスチックの持つ可能性が広がっていく、そんな未来を感じさせていただいたような気がします。

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