前編

発酵食の老舗が挑む新たな商品開発。

第36回放送

株式会社四十萬谷本舗 専務取締役

四十万谷 正和さん

Profile

しじまや・まさかず/1983年、東京都生まれ。幼稚園時に金沢へ。2002年、金沢大学附属高等学校卒業後、慶應義塾大学経済学部に進学。少林寺拳法にも打ち込む。2006年、『ハウス食品株式会社』入社。採用・労務・人事制度など、一貫して人事関連に携わる。2017年、『株式会社四十萬谷本舗』(創業は1875年。発酵食品の製造販売を手がける)入社。2019年、専務取締役に就任。

四十萬谷本舗Webサイト

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Tad 今回のゲストは、『株式会社四十萬谷本舗』専務取締役の四十万谷 正和さんです。『株式会社四十萬谷本舗』といえば石川県内では言わずと知れた会社で、お漬物屋さん、かぶら寿し屋さんというイメージがありますが、元々ずっと、お漬物や発酵食品を作ってこられた会社なんですか?
四十万谷 そうですね。発酵には絡んではいるんですが、実は創業者の四十万谷輿衛門は、お醤油や味噌はもちろん、木材や菜種油も扱う商売をやっていたようですね。
Tad いろんなものを仕入れて販売するというような?
四十万谷 そうですね。商社のような商売をしていたと聞いています。
原田 本社もすごく趣のある建物ですね。
四十万谷 明治初期の頃の建物と聞いていますので、だいたい130年から140年前のものがそのまま残っています。
明治期より続く、弥生本店の建物。旧街道沿いに面しており、風情ある佇まいを残している。
Tad 醤油や味噌などから漬物の方に近づいていったんですね。
四十万谷 お醤油や味噌を作って販売していた時代もありますけれど、その後、第二次世界大戦になって軍の方から食糧としてお漬物を作るようにという指示がありました。
Tad 兵食ですね。
四十万谷 はい。そこからお漬物を作るようになり、今はお漬物に限らず発酵食品全般といった形で、少しずつ変わってきています。
Tad お漬物やかぶら寿しの他の商品ラインナップはどんなものがあるんですか?
四十万谷 最近では「発酵×魚介類」みたいなものが非常に多くて、例えばブリ、マグロとか能登のフグを糀の力でおいしくして、表面を炙った「塩糀炙りシリーズ」、夏場ですと冷たくした甘酒、あとはお漬物とか発酵食を使ったジェラートも人気ですね。
Tad ジェラート? 発酵食のスイーツですか。
原田 いろいろな可能性があるんですね。スタジオにカタログを持ってきていただいているんですが、ガラスのお皿にきれいにかぶら寿しをカットしたものがレモンと一緒に盛り付けられていて、金沢の人間からすると「夏もかぶら寿しなんだ」と、新しい感覚ですね。
四十万谷 そうですよね。数年前に開発したのですが、特に県外の方を中心に夏もかぶら寿しを食べたいという声が多かったものですから、主に父が中心になって開発をしました。
夏季限定の夏のかぶら寿し「金城かぶら寿し 夏糀」。
原田 夏の時期の漬けこみに関しては、発酵食品ですし難しいのではないでしょうか?
四十万谷 そうなんですよね。やはり昔からかぶら寿しを冬に作っていたのは、冬の方が気温が低くて発酵が安定しておいしくなりやすいという理由があったようです。ただ、今は技術が進化していまして、夏でもかなり厳密に温度コントロールできる「発酵庫」という専用の部屋があるんです。そこなら夏でもおいしい発酵状態のかぶら寿しができます。
原田 「氷室」みたいですね。どのぐらいの室温ですか?
四十万谷 すごく良いことをおっしゃいますね。実はその発酵庫は、「氷室」のように温度を一定にしておけることから「平成氷室」と名付けられているのです。
Tad 「夏もかぶら寿し」というのは、やっぱり石川県民からすると少し意外なニーズではあるかもしれないですね。
原田 甘酒もありましたが、やっぱり夏の時期も体にとってうれしい素材ということですよね。
四十万谷 そうですね、甘酒はもともと夏の季語なんです。江戸時代にも夏バテ予防のために飲まれていたようです。それから、実はうちのかぶら寿しにはヨーグルトと同じくらいの乳酸菌が含まれていることが調査結果で出ていますので、そういう意味でもかぶら寿しを夏場の暑い時期に冷やして召し上がっていただくといいんじゃないかなと。
原田 あ、いいかも。
四十万谷 ぜひ日本酒と一緒に。
原田 冷やでいただきたいですね。
Tad それはいいですねえ。
思わずお酒の話で反応しちゃいました(笑)。素材にもこだわっていらっしゃるんでしょうか。
四十万谷 はい。かぶら寿しの主な原料はカブとブリ、糀です。カブは県内の契約農家さんを中心に、あとは自社でも10年ほど前に「しじまやファーム」という畑を立ち上げまして、そこで安心・安全なカブを育てています。ブリは国産の天然ものを塩漬にしておいて、うちの場合は数カ月間ずっと塩漬のまま低温で寝かしておきます。
原田 そんなに長い期間! なんだかハムみたいですね。
四十万谷 そうなんです。長く熟成させると、くさみが抜けて本当にハムみたいになるんです。それをカブで挟んで、さらに漬けこみます。
原田 かぶら寿しはいろんな作り手によって漬けこみ方が違いますけれど、四十萬谷本舗さんはずっと昔からそういう作り方なんですね。
四十万谷 そうですね。それと、結構大きな違いになるのが糀です。富山の『石黒種麹店』という種麹屋さんがありまして、単に麴を売るだけではなく、麴菌をスターターとして純粋に育てて販売しているお店を種麹屋さんというんですが、その『石黒種麹店』から麴をもらって、うちの職人がかぶら寿し用の糀を作っていくんです。
原田 菌から育てて。
四十万谷 不思議な商売ですよね。麴はいろんな種類がありますが、石川県立大学に調べてもらったところ、石黒さんの種麴をベースに作ったうちの糀は非常に酵素の力が強いということがデータでわかって、それも、かぶら寿しをおいしくしてくれる一つの要因なんじゃないかと。
Tad 酵素の力が強いとどうなるんですか?
四十万谷 酵素にはいろんな役割がありますが、お肉とかお魚、例えばブリなどのタンパク質を分解してアミノ酸に変えてくれるプロテアーゼという酵素があります。そのプロテアーゼの力が強いと当然、ブリの旨みも引き出してくれるということになります。
原田 そして食べた私たちの体にも…?
四十万谷 身体にもよいのではないかと感じております。
Tad なるほど。さて、北陸新幹線が開通して以来、観光客が増えましたが、ご商売のサイズや種類の変化みたいなものは何かありましたか?
四十万谷 北陸新幹線が開通したタイミングで金沢を訪れた方がかぶら寿しを知ってくださって、また通販でご注文いただくとか、お土産に買っていただくというのはその時期にとても増えました。かぶら寿しの知名度も、そのタイミングで上がったのかなと思います。
Tad 確かにそうかもしれないですね。東京でも「かぶら寿し」という名前を時々目にするようになった気がしています。
四十万谷 普通に聞くと不思議ですよね。お寿しと言っているのにお寿しらしくないというか。
原田 我が家でも昔、親戚の方にかぶら寿しをお送りしたら、お寿しだと思ってごはんも炊かないで、まさにお寿しを食べようと思って開けたらお漬物だったと驚かれました。ずいぶん昔の話ですけれども。
四十万谷 昔は、「電車の中で食べようと駅弁だと思って買ったのにごはんが入っていなかった」というお電話を頂戴したこともあったようです。
原田 ます寿しみたいな、ああいった箱のイメージですかね。でも、もともとお寿しってああいうものだったわけですよね、始まりというのは。
四十万谷 いわゆるごはんとお魚を使って発酵させる「なれ寿し」というものが東南アジアから渡ってきて、日本においても昔は「寿し」と言えば「なれ寿し」を指していたんですよね。私たちが知っている江戸前のお寿しは江戸になってからファストフードとしてできたようなもので、なれ寿しは発酵させますが、握り寿しの方は発酵させず、お酢を使って発酵を表現するというような感じですね。私がお世話になっている先生は、それを「発酵食のファストフード化」と言っていますが、じっくり発酵させた寿しから江戸前の握り寿しへと移行する中で、そういった変化があったみたいです。
原田 先ほど農園のお話もありましたが、かぶら寿しのカブってすごく昔からあるんですよね? 青首…なんでしたっけ?
四十万谷 「百万石青首蕪(ひゃくまんごくあおくびかぶ)」という品種で、かぶら寿しのために開発されたと聞いています。
Tad え、そうなんですか。
原田 作っていらっしゃる方もそんなに多くないんでしょうね、今は。
四十万谷 基本的には石川県内の農家の方がほとんどですね。
原田 それも四十萬谷本舗さんでは自分たちでも手掛けて…そういう意味では始まりから製品化までということを意識されていらっしゃるんですね。
四十万谷 そうですね。当然、自社でできる量には限りがありますので、契約農家の皆様にお世話になりながら、製品をお届けすることができています。
Tad 石川県以外の他の地域には、石川県のかぶら寿しみたいな存在感のものって、あるんですかね? 独特ですよね。
四十万谷 独特だと思いますね。滋賀県にいけば鮒寿しとか、もっと強烈と言いますかパンチの強いものはありますし、日本全国でも特徴のある発酵食はいろいろあるので、非常におもしろいですよね。
Tad どうして石川県にかぶら寿しというものがあるのでしょうかね?
四十万谷 いろんな説があるようです。よく聞くのは、ブリは当時高級魚だったので見つからないようにカブに挟んで隠して食べたんじゃないかという説もありますが明確な文献や証拠があるわけではないです。あくまで諸説あります、という感じですね。
Tad 石川県内のニーズは変わってきているんですか?
四十万谷 昔はかなり良く発酵したもの、しっかりと発酵したものが好まれるようでしたが、最近は少し発酵の浅いものと言いますか、少しまだ甘めの状態のものが好まれるようになりましたので、私たちも少し早い段階で製品としてお出しして、発酵させるのが好きな方はご自宅で少し寝かせてお召し上がり頂くことをオススメしています。
原田 漬物っていうと少し年齢層の高い方が召し上がることが多いと思うんですが、そういう意味で若い人はどんなものを食べるんだろうか、どういうものが好きなのかっていうのを分析して商品を開発されるんでしょうか?
四十万谷 そうですね、やはり発酵食文化の良さを若い方にもお伝えしていきたいので、例えばクリームチーズのお漬物を作ったりしています。
クリームチーズのお漬物3種。フランス産のクリームチーズを柚子味噌、糀唐辛子、いしりの3種で漬け込んだ人気商品。
Tad おいしそうですね。これもお酒に合いそう。
原田 シャンパンとか洋酒にも。
四十万谷 そうですね。ワインに合わせていただいてもおいしいですね。
原田 チーズ自体も発酵食品ですし、漬けこむことでダブルの発酵になりますね。
四十万谷 チーズは3種類の味があって、一つは北陸産の柚子を使った柚子味噌です。味噌もチーズも発酵食品なので当然合いますし、あとはちょっとピリ辛の「糀唐がらし漬」という商品もあるんですが、それは糀の力で発酵させた唐辛子でチーズを漬けたもので、ビールに合います。新しい味としては「能登いしり漬」といいまして、イカから作った漁醤のいしりを使ったもので、これもおつまみ向けの商品です。
Tad なるほど。今回はビジネスの話というよりは発酵食そのものに興味津々でした。
四十万谷 スタジオにお酒を持ちこんでもよかったかもしれないですね(笑)。実はちょっと今日、お土産を持ってきたんですけれども、これよかったらどうぞ。
Tad ありがとうございます。何でしょう? おにぎり型をしている…これは「花きんじょう」
四十万谷 そうです。60年以上ずっと愛されている「金城漬」という味噌漬があるんですが、それを細かく刻んだ「花きんじょう」という商品が、このおにぎりのパッケージの中に入っています。
原田 「ごはんのおとも」って書いてありますよ。
四十万谷 金城漬は本当にごはんが進むお漬物ですので、お茶漬けに乗せていただいてもおいしいですし、おすすめはチャーハンです。味付けに調味料を使わず、代わりにこの「花きんじょう」を入れていただくと、非常に箸が進むチャーハンができあがります。
Tad おいしそうですね。
四十万谷 これで味がバチっと決まりますね。私は小さい頃からこのチャーハンを食べて育ったといっても過言ではありません。
Tad レシピはウェブサイトにも?
四十万谷 ウェブサイトにも載っていますし、カタログにも新しいメニューを載せていますので、ぜひお試しください。

ゲストが選んだ今回の一曲

サンボマスター

「できっこないを やらなくちゃ」

「大学時代にサンボマスターにはまっていまして、ライブも本当に数えきれないくらい行きました。今、コロナも含めて大変な状況で、なかなか前を向くことが難しいという方も多いと思うんですが、そんな時でも心を奮い立たせてくれる曲かなと思って選びました」

トークを終えてAfter talk

Tad 今回はゲストに、『株式会社四十萬谷本舗』専務取締役、四十万谷 正和さんをお迎えしましたけれども、いかがでしたか、原田さん。
原田 おいしいお話がいっぱいでおなかもすいてきましたが、四十万谷さんご自身が発酵食品の新しい展開を話される時の、控えめながらもわくわくした姿、それがすごく印象的で、『株式会社四十萬谷本舗』のこれからを見るような気がしました。
Tad ジェラートとか、漬物をチャーハンにとか、そうお話もありましたが、衝撃だったのが「夏のかぶら寿し」ですね。「かぶら寿しは冬のもの」という固定概念、イメージがありますから『株式会社四十萬谷本舗』として「それは夏のものじゃない、冬のものだ」と捨て置いてしまっていたら、その先はなかったですよね。今パンフレットを見ていますが、「平成氷室」と呼ばれる発酵庫で夏でもお届けできる味にしたいと。まさに「夏にも食べたい」って思わせるような見せ方をなさっていますよね。
今回は終始、ビジネスの話というよりも消費者の目線で興味津々な放送になりましたが、一歩引いてみると「夏のかぶら寿し」、これってすごくイノベーション溢れる展開だと思いました。県外の方々の新鮮な目線を逆に取り入れてしまうというその柔軟さが、時代を超えて愛されるということは、つまり、「老舗が一番新しい」のではないか、そんなふうに思いました。

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