後編

自然体かつ柔軟に『浅田屋』のアイデンティティを追求。

第22回放送

株式会社浅田屋 代表取締役社長

浅田久太さん

Profile

あさだ・きゅうた/1968年、石川県金沢市生まれ。1983年、慶應義塾高等学校に入学後、カナダのオンタリオ州に留学。東京で就職し、1995年、『株式会社浅田屋』(旅館・レストラン経営)入社。店長、総支配人などを経て、2012年、代表取締役社長に就任。1659年創業の『浅田屋』16代目となる。『金沢市料理業組合』会長、『金沢市旅館ホテル協同組合』理事長なども務める。

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Tad 今回のゲストは、前回に引き続き『株式会社浅田屋』の代表取締役社長、浅田久太さんをお迎えしております。ところで先日、『六角堂』も行ってきました。お肉がおいしいのもいいんですが、シェフの手さばきを見ると清々しい気持ちになります。ホスピタリティがいいですね。お客様をお迎えするには素晴らしいお店でした。どうもありがとうございました。
浅田 こちらこそ、ご利用いただきましてありがとうございます。
Tad 地元のお客様が多いのかなと思いきや、県外からのお客様も結構いらっしゃいますね。お客様の比率はどんな感じですか?
浅田 やはり北陸新幹線というのは金沢のターニングポイントだったかと思うんですが、『浅田屋旅館』に関してご報告すると、今いらっしゃる40%の方が外国からのお客様です。
Tad なるほど、『浅田屋旅館』に宿泊されるお客様の中での40%くらいということですね。
浅田 私たちの旅館はなぜかアジア圏の方はあまりいらっしゃらないので、欧米の方で40%を占めています。
原田 そうなんですね。いろいろ調べていらっしゃるんですね。
浅田 旅館というのは男性の出番があまりないんですが、私もなぜこんなに欧米の方が多いのだろうと思って、たまにチェックインのときに通訳がてら表に出てお客様とお話をしたりしますと、圧倒的に多いのが口コミです。例えば2015年の4月、その時は全宿泊客の9割がカリフォルニアからの宿泊客だったんですね。
Tad その月の9割が?
浅田 そうなんですよ。なぜだろうと思って尋ねたところ、「先週、〇〇様がいらっしゃったわよね?」、「先々週には□□様がいらっしゃったでしょう?」といったふうに、お金持ちの方の中でのコミュニティ、お茶飲み友達みたいなものがあって、そこで誰かお一人がいらっしゃると、「私も行かなきゃ」、「あなた、まだ行っていないの?」というような、まるでドラマみたいな展開があったんですね。それが各地で行われているようなのです。
Tad お金持ちの方々のコミュニケーションの中に『浅田屋』というキーワードが明確に入っているんですね。不思議ですね。
浅田 ちなみに、『浅田屋』は今、ちょっとした「ロシアバブル」を迎えていまして。
原田 すごい!
Tad 不思議ですよね、ロシアからお客様が?
原田 それはやはり、みなさん口コミで?
浅田 そうですね。
原田 最近はSNSをやっている方が多いですから、観光地だとそれを見て来たというのはよく聞きますが、Face to Faceの口コミで、それだけでこんなにお客様が来るだなんて、新鮮な驚きでした。
浅田 「結局アナログなんですね」とは思いました。SNSももちろん、一役買っているとは思っていて、インフルエンサーの方が「『浅田屋』に泊まりに来たよ」と載せてくださると、やはり問い合わせがどんと増えますね。
カザフスタン出身のハリウッド映画監督(左から2番目)や、ロシアのインフルエンサーらが『浅田屋』を訪れたときの写真。
Tad なるほど。県外や海外からのお客様が増えているというのは、金沢にある料理旅館の良さを分かってもらった上で帰っていただくのでしょうか? 良さを分かっていただけるからこそ口コミで広がっていると思うんですが、どういったポイントが評価されているんでしょうか?
浅田 不思議ですよね。『浅田屋旅館』というのは、一日4組限定ですので、丁寧にお客様のお世話をして差し上げるんですが、例えば近江町市場に行きたいとお客様がおっしゃられたら、料理長の手が空いている限りは料理長自身がご案内します。
原田 え、そうなんですか!?
浅田 また、お食事でお出しした器と「同じものがほしい」と言われた時には、その作家さんの自宅やアトリエにご案内して、例えばお客様のためのオリジナルのものを作っていただくこともあります。
Tad それはすごいですね!
原田 まるでコンシェルジュのように、個々のお客様に合ったサービスをするということですね。
Tad それもコンシェルジュではなく料理長が…。説得力が違いますね。そこまでされたらもう説明不要なような気がします。そこが評価されているんですよね、きっと。
浅田 庭師の方と兼六園をご案内するということもやったことがあります。金沢の方にとってもおもしろそうですよね。
原田 お客様としては、せっかく来たんだからそこでしかできないようなことを体験して、充実した時間を過ごしたいと思いますよね。
浅田 そうですよね。『浅田屋旅館』は宿泊費もそれなりの価格になりますから、ただ泊まって食べて…というだけではこちらとしても罪悪感があると言いますか、もう少しおもてなしをさせていただきたいというのもあります。
Tad インバウンド時代で日本の旅館やホテルも海外進出しているケースは多いと思うんですが、浅田さんとしての将来の展望をお聞かせいただけますか?
浅田 ありがとうございます。2015年の北陸新幹線開業を機に金沢に入ってくる人の数がすごく増えたので、金沢にいるとあまり感じないんですが、日本全体で見ると2012年から人口は減り始めています。これはすごく大きなことだと思っていて、世界各国の中で人口が減ったのに経済が活発化したという地域は、歴史的に見てもないと思います。
そう思うと、金沢も、今は新幹線の影響を受けていますが、この後どうなるかわかりません。私は2つの解決策があると思っていて、1つは外からいらっしゃる方々をもっと増やすということ。もう1つは、私たちが海外へ進出して海外でビジネスをする。つまり、日本という「箱」を飛び出すということ。これも一つの選択肢かなと思うんです。
日本全体で見ると、例えば移民問題なども絡んでくると思いますが、幸せという指標をどこに置くのかと言った時に、数字が大きくなることを物差しとして良いこととするのではなく、いわゆる「猛烈社員」、「朝から晩まで仕事してます」、「残業頑張ってます」というようなことではなくて、働く人のワーク・ライフ・バランス、つまり家族や友人との時間、趣味の時間などと仕事のバランスをきちんととるところに重きを置くべきなのではないか――ここが今、私が抱えている葛藤です。どちらの路線をわが社は目指すのかという部分。多分、これもバランスで、両方取り入れていかなければならないことだと思うんですが。
Tad 大きくなったとしてもそれ自体が幸せに繋がるとは限らないですし、会社の成長が社員の成長と必ずしもイコールとはならない。日本市場が一般的には右肩下がりになっていくような状況の中で、旅館業・レストラン業として生き残る道を探していらっしゃるということですね。
浅田 そうですね。まさに「生き残りの道」を探す――「アイデンティティ探し」というんでしょうか、そんな感じですね。
原田 日本食はすごく注目されている部分もあって、先ほど海外へ出ていくべきかというお話もありましたが、そういう引き合いというのは、現実的にはすごく多いのではないでしょうか?
浅田 実は日本食というのは世界的に大ブームが起こっていて、2006年あたりでしょうか、その時に比べて現在では約5倍近くもの日本食レストランが世界各地にあります。しかし、その9割は日本人オーナーではないんです。ですから世界の日本食ブームに乗っかってビジネスに成功しているのは、実は日本人ではない、他のアジアの方々なんです。日本人は損をしているというか、気づいていないんですよね。
Tad そういうことですね。
浅田 日本人は奥手なんだなというのをすごく感じますし、他人事のように言っていますが、私自身も引き合いもあり、自分でも海外で仕事をしてみたいなという気持ちもありつつ、でも現実には日本の人口が減っていて人手不足という問題や、もちろん資金的な問題もあります。ですから、海外進出に「一直線にまっしぐら」というわけにはいかないんですが、それでも海外でやってみたいなという気持ちはあります。
Tad 久太社長が考える『株式会社浅田屋』らしさのようなものを表現できる形が、海外での展開なのか、インバウンドの効果を金沢でより広げていくのか、というところで葛藤はありますか?
浅田 私自身が好奇心だけで動いているような人間なので、自分が好奇心を持てないことは頑張れない。ただ、世界が和食に興味を持ってくれているということに対して、『株式会社浅田屋』は導入編のような存在になってあげられたらいいなという思いはありますね。
原田 なるほど。公職としても、料理人の方と一緒に海外との交流を積極的に進めていらっしゃいましたね。
浅田 それはもう半分「好き」でやっているんですが、ニューヨークの星付きレストランと金沢の料亭とで、料理人の交換留学をやっています。2009年に、最初は経済産業省の方から言われて始めたんですが、2015年からは民間でやっておりまして、2016年からは金沢市から補助をいただいて進めています。「和食の料理人がニューヨークのフレンチレストランに行って何を勉強するの?」とか「フレンチの人が金沢の料亭に行って何をするの?」とよく言われるんですが、実際に交流しているとその垣根は全く関係ないんだなという気がしています。お互いにインスパイアして、されて、影響を受けつつやっています。
例えばですが、ニューヨークに『ブーレイ』という「トリップアドバイザー」で全米1位を獲ったお店がありまして(註:現在は休業)、そこのオーナーシェフが、懐石料理が大好きで、15品とか20品の料理を少しずつ出しているんですね。
ニューヨークから来た料理人たちを酒蔵『福光屋』に案内。
原田 懐石風にということですよね。
浅田 そうなんです、懐石を真似て。バターを使わず、ヘルシーに。彼が作った品に「トリュフ茶碗蒸し」という料理があるんですが、茶碗蒸しの中にカニが入っていて、その上にトリュフのあんをかけたもので、それがすごくおいしくて。
Tad フレンチなのか和食なのか、わからないですね。
浅田 これをニューヨークで食べた時には鳥肌がたちました。翌年は、当社の料理人を『ブーレイ』に行かせて「トリュフ茶碗蒸し1品だけ、レシピを盗んで来るように!」と言ったんですが完コピはできなくて、次の年にブーレイさんに直接「これ、コピーさせてもらえませんか」とお願いしました。そしたら「こうやったらできるよ」とレシピを全部、教えてくれたんです。さらにその翌年に、ブーレイさんが金沢に来てくださったので、「ブーレイさんのレシピをコピーして出来上がったのがこれです」とお出ししたら「よくできたな」と褒めてくれた、なんてこともありました。こんな交流もいいですよね。
Tad いいですね。
料理人交換留学の中から生まれた料理「トリュフ茶碗蒸し」。
『ブーレイ』のオーナーシェフ、ディビッド・ブーレイ氏(右端)ととも写る浅田社長。『浅田屋』厨房にて。
原田 そうですね。日本食って、そういった要素が入ってくることによって、これからすごく進化していきそうですよね。
浅田 一時、「トリュフ、キャビア、フォアグラは日本食ではご法度」と言われていた時代もありますが、そういうタブーをどんどん取り除いていくと楽しくなってきますよね。作る方も、出す方も、食べる方も。
Tad 今、実際にそういったお料理を海外からのお客様に出されたりするんですか?
浅田 お出しします。日本人の方にもお出ししています。ぜひ、Mitaniさんもお越しください。
金沢とニューヨークとの料理人交換留学の同窓会の様子。マンハッタンにて。

ゲストが選んだ今回の一曲

イズラエル・カマカヴィヴォオレ

「Starting All Over Again」

「一回だめになったけれど、もう一度やり直そうよというお気楽な失恋ソングなんですが、私にはどうもそうは思えない。私自身も大病を患ったりして人生で浮き沈みがありますし、会社としてもいろんな浮き沈みがありましたが、一番下にいる時に、よし、もう一回頑張ろう!という気持ちにさせてくれる曲です」

トークを終えてAfter talk

Tad 今回も前回に引き続き、ゲストに『株式会社浅田屋』代表取締役社長、浅田久太さんをお迎えしましたけれども、いかがでしたか、原田さん。
原田 はい。浅田さんは「僕は好きなことしか頑張れないんだよ」とおっしゃっていましたが、好きなことを話されている時の目の輝きがすごく印象的でした。Mitaniさんはいかがでしたか。
Tad 今では海外のお客様もすごく多いとおっしゃっていましたが、インバウンドを狙って、ではなく、口コミで広がっていったとか、日本ではなく海外にいるお客様やレストランの方々とも混じりあいながら、自然体で無理されていない感じが伝わってきました。企業として「業績の成長を追いかけるぞ」といった感じではなくて、自然体で取り組むということが、今後長く続いていく会社にとって、また、これからの時代にとっても、大事なことなのではないかなと思いました。

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