前編

石川発、ローカルでユニークなビールづくり。

第90回放送

オリエンタルブルーイング株式会社 代表取締役社長

田中 誠さん

Profile

たなか・まこと/1983年、石川県小松市生まれ。金沢大学附属高等学校を経て、慶應義塾大学理工学部卒業後、IBMで経営コンサルタントとして9年間勤務。業務改革を中心とした数々のプロジェクトに参画。31歳で金沢に戻り、結婚、退職。世界一周の旅に出る。旅先のスウェーデンでクラフトビールを学び、2016年、『オリエンタルブルーイング株式会社』(金沢市東町、ビール醸造および飲食店経営)を設立。

オリエンタルブルーイングWebサイト

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Tad 今回のゲストは『オリエンタルブルーイング株式会社』代表取締役社長、田中 誠さんです。初めてお会いしたのは5年くらい前なんですが、その頃から比べると会社が急成長されていますよね。
田中 急成長って言われちゃうと僕のお腹周りもビールに合わせて…(笑)
Tad (笑)。田中さんはもともと「ビールづくりの人」ではないんですよね?
田中 そうなんですよ。ビールとは縁もゆかりもなくて、好きだっただけです。
原田 それは大事なことですよね。好きという気持ちはパワーになります。
Tad 『オリエンタルブルーイング』が今、提供している商品や展開されているお店のことをお聞きしたいんですが。どんなビールを作っていらっしゃるんですか?
田中 そもそも世界中を旅行しながら各国でビールをたくさん飲んだんです。面白いと思ったビールもあったんですが、一方で、どれも輸入した麦芽とホップを使っていて、どこで地ビール飲んでもすごく似た感じがあったんですね。やっぱり個性を出すにはローカルとセットだなと思って、私たちは今、地元の素材を使ったビールをたくさん作っています。
地元の素材を活かして作るオリエンタルブルーイングのビール。写真は加賀棒茶スタウト。
Tad 例えばどんな種類のビールがあるんでしょう?
田中 最初に作ったのが「湯涌ゆずエール」というビールです。醸造所のある湯涌地区の街道に、柚子の木がたくさんあるんですね。その柚子を使ったビールです。
原田 柚子のフレーバーが感じられるものなんでしょうか?
Tad 私もよくいただくのですがおいしいです。柚子の香りが爽やかで、ビールとは違う飲み物のような気もするくらい。
田中 もともとホワイトエールというスタイルのビールがベルギーにあるんですが、それはオレンジピールを使っているんです。そこから着想を得てローカライズしたイメージですね。
Tad 他にも金沢らしいビールを作られているんですよね?
田中 あとは能登塩を使ったものとか。これはスタイル自体がユニークだと思うんですが、塩を使ったビールっていうのはそもそもそんなにないんです。
Tad あんまり聞いたことがないですね。
田中 麦汁ってそもそも麦を煮出した汁なので甘いんですよ。その甘さが塩をスパイスにしてちょっと引き立つようにした「能登塩セゾン」というビールがあります。
原田 確かにスイーツもちょっと塩味が入ることで甘みがまろやかになったりとか、甘さがより引き立ったりということがありますもんね。
田中 塩は能登の塩田で手作りしているものです。
Tad 海水を撒いて作る、揚げ浜塩田の塩ですよね?
田中 そうです。塩自体にもちょっと甘みがあって、ちょうど良いバランスになってるなと思います。
Tad 他にも「加賀棒茶スタウト」というビールもあって、金沢らしさをすごく感じます。黒ビールですね。私が最初に田中さんにお目にかかったのが2016年か2017年くらいだと思うんですが、その頃は東山の第一店舗目を開店された直後くらいでしたね。金沢城方面から行くと浅野川大橋を渡ったあたりにお店を構えていらして、当時はこのビールもその奥で作られていたみたいですね。手前のスペースはレストランみたいになっていて飲食ができて、観光客の方とか外国の方とかが多かった思い出があります。あのお店自体はどうやって作ろうと?
出来立てのビールを提供できる「ブルーパブ」スタイルの東山店。
田中 あのお店は、ご紹介いただいたとおり、醸造所に飲食店を併設させた「ブルーパブ」というスタイルのお店なんです。「ビールってそもそも作れるんだ」っていう感覚って普通の人にはあまりないと思うので、それだったら大通りにガラス張りのお店を作ってビール作りを見てもらおうというのが基本的なコンセプトだったんです。ちょうど観光が急成長していた時期だったんですが、それでいろんな人が興味を持って入ってきてくれて、「ビールってこんなふうに作ってるんだ」と思ってもらえたのかなと思います。
原田 日本酒づくりは見たことがありますが、ビールづくりって確かにあまり見たことないかもしれないです。
Tad 大きな工場じゃないとできないような印象がありますね。
田中 そうなんですよ。ビールは最も身近なお酒だと思うんですが、例えばホップなんて言葉は良く耳にしても、あんまり見たことはないですよね。今、工場の裏で育てていますが、すごく背の高いツル科の植物なんです。どんどん伸びて、うちの工場裏では5mまで伸びています。
Tad そんなに伸びるんですね!?
田中 10mくらいまで伸びるようなんです。それを一個ずつ収穫して、中の香り成分や苦みの成分をビールに抽出して使っているんです。たくさん飲むというより、もっとビールのことをよく知ってもらったり、興味を持ってもらえるようなお店になるといいなと思って作りました。
Tad 本当に素敵なお店で、ぜひ行っていただきたいです。ところで、田中さんはIBMを退職されて石川に戻ってこられて、世界一周されてスウェーデンでビールを学ばれたということですが、ちょっと意外なご経歴ですよね。
田中 もともとIBMで働いていていつか地元に戻ろうという考えはあったんですが、その前に今しかないということで妻と一緒に一年くらい旅行しようと決意したんですね。帰郷しても仕事もないし何かネタになることを探しながら旅をしようかと考えていたものの、結局海外ではほとんど毎日ビールやワインを飲んだりしていて。やっぱり旅行中、時間がたくさんある時にしていたことというのは、本当に好きなことなんだと思うんですよね。だからその時に「これは仕事にしても楽しいかもしれないな」と思った記憶があります。その後、世界中のいろんな醸造所にメールを送ったら、たまたまスウェーデンにある醸造所が「来てもいい。ビールづくりを教えてやる」って言ってくれました。
田中さんがビールづくりを学んだスウェーデンの醸造所。
Tad インターンシップみたいな感じですか?
田中 そうです。ビザの問題で、お金をもらって就労することはできないんですが、ボランティアとして働きながらいろいろ教えてもらいました。
原田 なるほど、そこで実際に学ばれたわけですが、スウェーデンのビールづくりってどんな感じだったんですか?
田中 そこはすごく小さな醸造所で、グスタブという師匠がいるんですけれども、彼のこだわりが詰まったビールを作っていました。例えば「キシリトール」という樹液を使ったビールだったり。そのビールはすごく甘くて決しておいしくはなかったんですが、面白いなと思いました。我々の「ローカルでユニーク」というコンセプトもそこから着想を得ているんです。
Tad 地元独特の素材を使ったビールの可能性をそこで感じられたと?
田中 そうですね。
原田 それにしても、ビールが好きで、そこから「じゃあ作ろうよ」という地点に行く発想がオリジナルですよね。
Tad そうですよね。金沢といえば日本酒みたいなイメージもある中で、ビールで会社を作られて。
田中さんが初めてビールを作った時の様子。
田中 世界中で感じたんですが、クラフトビールのブームがあったんですよね。特にアメリカでは大量生産・大量消費に対してローカルなムーブメントが起こっていて。アメリカを筆頭に世界中で発展して、クラフトビールの小さな醸造所が増えてきたんですよね。旅行中にそういうことを肌で感じていたので、やったら上手くいくんじゃないかなという下心みたいなものもありましたが(笑)
Tad いや、でもまさに上手くいって、今では店舗数も4店舗に増えて、『クロスゲート金沢』の中にもオープンされましたよね。それから、湯涌にはホップの生産もしながらの醸造工場があるということでしたが、やっぱりそれだけ消費が追いついてきているってことですか?
のどかな自然に囲まれた、湯涌にある醸造所。ホップの生産も行っている。
田中 そうですね。やっぱりどの領域でもそうですが、画一的なものっていうのは飽きてしまうのではないでしょうか。特に北陸新幹線が開通して金沢に旅行に来たら、おいしい日本酒はたくさんあるけど、ビールを頼んだら大手メーカーのものだった…というのでは面白くないですよね。そういう感覚を持ってる人が、多かったんじゃないんですかね。
原田 地ビールブームみたいなのって結構前にあったじゃないですか。その後、クラフトビールのブームというのはちょっと違う流れで来たものなんですか?
田中 そうですね。当時の地ビールブームというのは規制緩和の影響を受けたものなんですね。以前は大規模じゃないと醸造ができなかったんですが、それが小規模でも着手できるように法律が変わったんです。でもその頃に作られたビールって、しっかり学んだ人が想いを込めて作ったというよりは、規制緩和に乗って走り出して作ったみたいなものが多かったんですよね。その波が落ち着いて、その後、地ビールの会社って半分ぐらい減ってしまったんですけど、そんな中で生き残った、品質が良くて経営もしっかりした醸造所と、本当にビールを作りたい人たちが増えてるのが今の流れだと思いますね。
Tad 作り方でこだわっている部分は何ですか?
田中 柚子の香りを付けようと思うと柚子の皮の処理をしたりとか、漬け込んだりとかいろんな工程があります。他にも雑菌に注意を払ったりですね。酵母が残ったままだと変質もしやすかったりするのですが、それをあえて残すというのがクラフトな感じというか個性だと思うんです。最後に全部フィルタをかけると綺麗にさっぱりするのですが、味気なくなってしまうんですね。
原田 なるほど。そういう意味だと規模が小さい分、いろんなことにトライしやすい部分はありますよね。
田中 そうですね。東山で一回仕込むとだいたい1200杯分くらいできるんですが、ちょうどいいサイズで実験できますね。
原田 東山の方で仕込むとそのくらいで、湯涌の醸造所だともっと大規模なわけですね。それから、石川県の素材を使いながら、シーズン毎にイベントにも合わせていろんなビールを作られているんですよね。このアイデアはどういうところから生まれるんですか?
田中 意外なところから来るんですが、例えば最近のアイデアでいうと、「能登ひばバーレーワイン」というビールがあるんです。
原田 バーレーワイン?
田中 はい、「バーレーワイン」という、アルコール度数が10%くらいのビールがあるんですね。それはシェリー樽とかバーボン樽とかでビールを熟成させて作るものなんですが、そんなふうに能登ひばで樽を作ってビールを寝かせてみようって思っているんです。
Tad 樽も地元の素材で?
田中 実はまだ樽は作ってないのですが、はたして本当においしいビールができるのか、トライアルとして能登ひばのウッドチップを入手してビールに漬け込んでみたんですね。するとすごくユニークな香りがして。
原田 独特ですよね、能登ひばの香りのビールだなんて。
田中 日本人が好きなヒノキ風呂のような香りがするのですが、あれが意外とビールにも合うというか、ユニークで面白いものができたと思います。
Tad それは飲んでみたくなりますよね。
原田 意外とくせになりそうな気がしますね。

ゲストが選んだ今回の一曲

Avicii

「The Nights」

「Aviciiはスウェーデンのアーティストなんですが、現地でビールを学んでいる頃によく聴いていた曲ということで、選ばせていただきました」

トークを終えてAfter talk

Tad 今回はゲストに『オリエンタルブルーイング株式会社』代表取締役社長、田中 誠さんをお迎えしましたけれども、いかがでしたか、原田さん。
原田 「とりあえずビール!」ってよく言いますが、「とりあえず柚子エール」とか、ビールも味わいを選ぶ時代になってくるのかなということを感じましたし、ビールでその土地らしさを表現するっていうのが面白くて、これからもいろんな展開を見せるんじゃないかなと楽しみになりました。Mitaniさんは、いかがでしたか?
Tad 私は今、「とりあえず柚子エール」の人なんですが(笑)、やっぱり観光で金沢にいらっしゃる方って金沢らしさを感じたいし、もっと言うと金沢に来ないと出会えなかったものに出会いたいわけですよね。湯涌の柚子とか能登塩、加賀棒茶など、金沢の素材を上手く使って金沢らしいビールを作る、田中さんがこの可能性を感じたのがもとはと言えばスウェーデンの醸造所からインスピレーションを得たものでしたよね。キシリトールビールの話もありましたが、それも最初は別にビールづくりを学びに行ったわけではなくて、あてもなく…と言うと変かもしれませんが、世界一周の中で出会った気づきであったというふうにお聞きしてさらに驚きました。田中さんご自身も旅によってインスピレーションを得られたわけですが、今では金沢にいらっしゃった観光客の方々にも新しいインスピレーションを与えていらっしゃるからこそ、『オリエンタルブルーイング株式会社』はこれほどのスピードで成長されているのではないかなというふうに感じました。

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