前編

何気ない日常を支える高度な技術。

第28回放送

株式会社松浦電弘社 代表取締役社長

松浦 隆弘さん

Profile

まつうら・たかひろ/1965年、石川県金沢市生まれ。福井大学電気工学科を卒業後、石川県内のメーカーに就職。1989年、『株式会社松浦電弘社』に入社。『株式会社松浦電弘社』は創業1968年、制御盤の制作事業を主な事業とし、計測システム、画像処理システム、ロボットシステムの事業及び開発を展開。2003年より現職。

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Tad 今回のゲストは、『松浦電弘社』代表取締役社長の松浦 隆弘さんです。松浦さんとは勉強会で初めてお目にかかったのですが、とっても面白いお話をうかがいまして、ぜひ番組に出ていただきたいとお声がけさせていただきました。
まずお聞きしたいんですが、事業はどういったことがメインになりますか?
松浦 一つはロボットを中心としたシステムを作る「ロボティクス」。そして例えば自動運転にまつわる開発に使われる車で走行中にいろいろなセンサーからデータを集めてサーバーに送る「計測システム」。あとは私の父親の代から行っている「制御盤の製作事業」。この3つを柱としています。
原田 制御盤というのは耳慣れないものですが、どういったものですか?
松浦 石川県に『高井製作所』というメーカーがありまして、そこは豆腐を作る自動機械の全国No.1シェアの会社です。豆腐も今では一時間におよそ一万丁作れるという自動化されたラインになっていて、ほとんどのメーカーは大規模化しています。豆を入れたら自動的に人手をほとんど介さずに豆腐が出てくるような一連のシステムを作っているのがその『高井製作所』になります。その機械を動かすための電気の仕事、いろんなモーターを回したり、面を開け閉めしたりするようなところをコントロールする、いわゆる電気周りを、私どもの会社で請け負っています。父親の代からやっていますね。
Tad お父様が作られた会社なんですね。創業当初から制御盤の製作をされていたんでしょうか?
松浦 父親の時は制御盤を作ったり、機械の配線もしたり、あとは、元々電気器具の商社マンだったのでメーカーから部品を仕入れてお客様に売るといった商社的な仕事もしていたと思います。父は88歳になり今はもう会社に来ることはないですが、工業高校を出ていますので、今でも自分で半田ごてを持ってトランジスタでいろんな回路を作っては「発明したぞ」とやっているような男で、根っからこういうことが好きなんだろうなと思います。
石川県野々市市にある『松浦電弘社』本社。
Tad 制御盤の事業が成り立つまでの過程を経て、いろんな事業を始められたと思います。ここまでどのような経緯をたどってこられたのでしょうか?
松浦 私は大学の電気工学科というところを卒業しましたが、最後に専攻したのが今でいうAI、ニューラルネットワークというものでした。その中で画像処理も一部やっていまして、元々「こんなことをしたいな」と思っていたことが下地としてあります。父親からバトンを受けて入社した時は、父親と私、私の友人という計3人だったんですが、会社もやがて成長して15人くらいの規模になり、その後、一人退社すると芋づる式にずらーっと辞めてしまって、気づいたらまた3人になったという経験をしました。その時は若くて、自分のどんなところが至らなかったのか考えました。失敗も多かったですが、それよりも構造的に「そもそもそうなるべき内容のことをやっていたんだな」と今は思います。
というのは、特に資本がなくても元気にパソコンを打つことができて、プログラムが作れて、電気の配線ができれば独立して一人でやっていけるような仕事なので、スタッフは独立したりお客様の会社に入ったりして、散り散りになっていく。そんな業種でもあるんです。自分のまずいやり方を棚に上げて、そうじゃない会社がたくさんあるのもわかりますが、私の場合はそれで会社のスタッフを増やしていくというのはなかなか難しかったです。
それと、例えば半導体に関する機械を作るとなると、出力紙が机から天井まで積みあがるほど膨大な量のプログラムを作ることになるわけですが、大変な苦労をしてそれを作ったとしても、その所有権は認められず、お客様に帰属するものであると最初から決まっているんです。どんなに素晴らしいものを作ってどんなにアイデアを出しても、そもそもそういう形態の仕事だったので、なんとか成果を残せる仕事をしたいなと思ったんです。
そんな時に、1997年あたりでしょうか、インテルの「ペンティアム」というプロセッサ(ソフトウェアの命令を実行するためのハードウェア)が出てきました。難しい言葉になりますが、それまで「シングルスレッド」という一つの頭脳で計算していたものが、「マルチスレッディング」といって二つの頭で計算できるような仕組みになったんです。
それまではパソコンというシステムを工場向けに作っても、すぐ「ブルースクリーン」と言って固まってしまって、なかなか実際の工場で使えるものを作るのは難しかったんですが、「ハイパースレッディング」というものによって、そのあたりがどんどんタフなものになっていきました。そんな中で自分は画像処理を学生の頃にやっていたこともあって「今の時代であればこれを仕事としてやっていけるかな」と思ったんです。それが当社で制御盤システムからだんだん計測の仕事を増やしていく転機になったような気がします。
Tad 画像処理の技術でどのような製品やサービスができるんですか?
松浦 最初に作ったのは、さきほどの豆腐のくだりになりますが、三次元の計測器で油揚げの高さを測るものです。油揚げのもっと小さい、お稲荷さんで使うような「寿司揚げ」というものがありまして、あのような揚げた形状のものを1時間で5000枚くらいのスピードで作るのですが、その揚げの縦・横・高さを三次元的に測ることを要求されました。
Tad 同じ大きさに揃えないといけませんものね。
松浦 そうです。規格外のものを弾くために。一方、お父さんとお母さんでやっているような手作りの豆腐屋さんなんかは、歪な形であっても一定の金額で売れたりしますが、低価格の商品は規格化されたものじゃないとなかなか売れないですから。
取り扱い製品の、計測機・収録装置の一部。
Tad その計測システムや画像処理の事業は、日本の産業をどのように支えているんでしょうか?
松浦 画像処理ですと『森永乳業』の「ビヒタス®」というヨーグルトがありますよね。その「ビヒタス®」の中身のヨーグルトは牛乳を発酵させて作りますが、『森永乳業』のような大手であってもヨーグルトがうまく凝固できない時というのがあるようなんです。pHや湿度などいろんな要因があるらしいんですが、それによってロット不良になると膨大なロスが出ます。金銭的なロスというよりも、せっかくの食べ物を廃棄するという環境的なロスは特によくないということで、商品を開封せずに凝固具合を測れるものはないかと相談されまして、実現させました。今までは、蓋を開けて試験する係の人がスプーンで掬って凝固しているかどうかを確認していたわけです。
Tad サンプル検査をしていたんですね。
松浦 全数ではないですが、されていました。検査を終えたサンプルを廃棄するのはあまりよくないのではと社内で問題になったらしく、何か技術がないかというご相談でした。また豆腐になりますが、豆腐の業界でも同じように固まっているか固まっていないかを確認したいという需要があるんです。そこですでに開発していた技術を『森永乳業』に適用して、一緒に特許も取りまして、今も使っていただいております。
Tad 凝固しているかどうかを確認するのは、どうやってできるんですか?
松浦 多少専門的になりますが、レーザー光を使って「ビヒタス®」のパックの外からパック面に照射して、その反射光を画像処理、解析することによって、内部の凝固状態を判定できるんです。
Tad 固まっている時と固まっていない時で反射の仕方が違うわけですね。なるほど。
原田 こんなに身近なものの中にも御社の技術が発揮されているんですね。目から鱗です。
Tad 画像処理の事業が軌道に乗り始めて、自社の事業セグメントであると言えるようになってきたのは、いつ頃なんですか?
松浦 画像処理の仕事は、実はあったりなかったりだったんです。ある時に兵庫県の播磨の方に『スプリング・エイト』という、国の放射光の実験設備がありまして、そこで0.1ナノメートルのX線レーザーを使ってたんぱく質の組成を解析するプロジェクトがありました。それに参加して、ある画像処理システムを作ったら、それが結構評価されました。今、体内に電子線や炭素イオンを打ちこむ先端のがん治療があり、国内のメーカー2社ぐらいが携わっていますが、そこに私たちの画像処理装置が使われていまして、そのきっかけとなったのがこの『スプリング・エイト』での事業でした。そんなところから画像処理事業のベースができていきました。
原田 医療方面にも広がっていったんですね。
Tad 技術がどんなふうに使われるかということを、自社だけではなくて、お客様の課題やテーマがあるところから成長させていったという感じでしょうか?
松浦 そうですね。私たちは得られた画像を解析することくらいしか力がないわけですが、日本でもそれぞれトップクラスの方々に、いろんな物理現象をどう画像処理したらいいかということを教えていただいて、そのアルゴリズムや手順に従って私たちが作っていくということになるわけですが、その中で私たちが持っているノウハウをご提供して、よりよいものを作っていくということですね。

ゲストが選んだ今回の一曲

Bobby Hebb

「Sunny」

今、申し上げた画像処理については、米国・テキサスのオースティンという町に『ナショナルインスツルメンツ』という会社がありまして、私たちはそこの製品を使ってほとんどのものを開発し、納品しています。そこの日本支社が東京にありまして、そちらの方々と仕事が終わってから、とあるソウルバーによく行きました。そこは日本で一番古いソウルバーで、今はもう六本木から移転してしまいましたが、いろんな小説にも登場するようなお店で、まだ六本木にある時の最後に連れていってもらったその時にかかっていたのが、この曲でした。私としても、米国のその会社と知り合って自分の人生も開けましたし、そんな思いもあって今日、この曲をかけていただきたいなと思いました。

トークを終えてAfter talk

Tad 今回はゲストに『松浦電弘社』代表取締役社長、松浦 隆弘さんをお迎えしましたが、いかがでしたか、原田さん。
原田 新しい世界を見せてもらった気がします。例えば自動運転や食品といった完成品しか知らなかったものの、それができるまでの技術や支えているものの奥深さを感じました。Mitaniさんはいかがですか。
Tad スーパーに並んでいる豆腐やヨーグルトを買ってみて凝固していなかったことなんて一回もないですし、考えてみれば当たり前なんですが、それはレーザー光の解析技術で成り立っているんだということ、何気なく買ったり使ったり食べたりしているものが、実は『松浦電弘社』のような会社のすごく高い技術力に支えられているということを、もっと感謝しなければいけないし、石川県の人たちは、地元にこの『松浦電弘社』があるということをもっと知るべきですね。

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